「こんばんは。教養としての落語講座です。講師の先生は久々のご登場、落語評論家のDH定吉先生です。先生よろしくお願いします」
「はいお願いします。DH定吉です」
「えー先生は昨年ご登場の際、机を破壊しスタジオをめちゃめちゃにされまして。番組としても好んでお呼びしたくはなかったのですが、なぜか意外と人気を集めて、そんなわけでやむを得ず再登板の運びとあいなりまして」
「なにをごにょごにょぬかしておる。呼ばれたからやってきたまでだわい」
「DH定吉という変わったお名前の由来も、前回ははぐらかされまして。一応改めてお伺いしますがどういったいわれがあるのでしょう」
「DHはですな。略称です」
「略称といいますと」
「台所・へっついですな」
「台所・へっつい? へっつい幽霊に出てくるあのへっついですか?」
「なんなら、ダイニングヘッツイでも構いませんぞ」
「ウソに決まってますので先を急ぎます。先生、前回は落語の演題がいかにデタラメかというお話をされましたけども、今回のテーマはなんでしょう」
「今回は(ニヤリ)、落語の用語について斬っていきます」
「落語の用語についてですか。これを斬るということは、またしても、従来使っている用語がおかしいと批判するスタンスでしょうか」
「ぐふふ。そのとおり。スパスパ叩っ斬ってやります」
「どうぞお手柔らかに。落語の用語もいろいろありますが、今回のターゲットはなんでしょうか」
「まず、マクラだな」
「マクラですか。マクラとは、落語本編に入る前のちょっとしたお話のことですね。落語本編に付属する小噺を入れたりしますね。与太郎の噺だったら馬鹿の親子を入れたりなどですね。それから、よくわからなくなった古い噺を理解してもらうのに、仕込みを入れたりすることもありますね。語源は和歌のまくらことばのようです」
「うむ。昔はですな、今説明されたのがマクラのすべてだったと言っていいでしょう。ところがですな、現代ではむしろ、噺家の個人的な漫談を指してマクラと称することが多くなっていますな。これもまた、話す本編に絡めていることが比較的多いものの、絶対ではないのです」
「先生がおっしゃった本編に絡めるとは、たとえば泥棒噺をやりたいので身近にあった振り込め詐欺の話を振るとか、そういうことですよね」
「そのとおり。だが、やる噺が決まってないもんだからとりあえずノンジャンル漫談を話して様子を見ることもあるわけだ。だから結果的に丸っきり関係ない噺に進むこともある。こうなると、まくらことば由来のマクラとはもう言えんわなあ」
「確かにそうですね。ではなんと呼ぶべきでしょう」
「西武鉄道があるわな」
「はあ、藪から棒ですね。池袋から秩父へ向かう、あの西武鉄道ですか」
「西武の駅の発着案内は、早く出る電車から順に『こんど』『つぎ』『そのつぎ』『そのあと』と表示されているわけだ」
「はい。有名ですね。上方落語家がよく東京に来て、『こんどとつぎ、どっちが先に出んねん』なんてネタにしてますよね」
「あれは、『先発』『次発』『次々発』でいいわけだ。同じように、固くていいからわかりやすい方式を導入する。まず、暑い寒いから始まる一言は『時候の挨拶』そして噺家が自分の近況を話すのは、『近況報告』でいいわな」
「時候の挨拶に近況報告、確かにそれはわかりやすいですが」
「それから、噺の本編にかこつけた体験談は、『フリ漫談』でいい。そして、粗忽の噺の前に振る『お前の親父だ』とか、古典落語にくっついたつまらんネタは『付属小噺』でいいだろう」
「フリ漫談に付属小噺。わかりやすいですが、なんだか『マクラ』が持つこのふわっとしたイメージがないような」
「『マクラ』はいろんな要素が混在しすぎていて、漠然としすぎている! そう言ったろうが! ぷるん」
「はーはっは。見事引っかかったな! 前回先生に机を粉々にされましたからね。今日は大道具さんと小道具さんがこんにゃく粉で机を作ってくれたのですよ! ですから手を振りおろしても、ぷるんと反発するだけなのです!」
「なんと小癪な! でもこの感触気持ちいい。ぷるんぷるん、ぷるん」
「先生、収録がありますので先を急ぎましょう。あとでたっぷりぷるんぷるんしていいですから」
「どこまで行ったっけ。そうそう。つまり語りの目的に応じて『マクラ』とされるものを4分割したわけだ。ただ、フリ漫談と付属小噺の中間というものもある。コロッケそばみたいな。漫談であり、小噺でもある。だからもうひとつ分ける」
「また分けましたね。既存のマクラとされるものが5分割されるわけですか」
「そう。さらに古典付属小噺と、新作小噺だな。コロッケそばは新作小噺だ」
「古典のほうの名称は付属小学校みたいになってますね」
「エスカレーター式に本編に進めていいじゃないか。ともかく、これでひどく漠然としたマクラというものが、きれいになった。噺家も、こうやって『時候の挨拶』『近況報告』『フリ漫談』『新作小噺』『古典付属小噺』と意識して順に入れていけばわかりやすいだろうが』
「わかりやすいですが、ここまでする必要があるのかとも。それと西武電車のくだりは、果たしてたとえとして妥当だったのでしょうか。回収できたんですか。これ」
「とにかく既存のマクラになんでもかんでも詰め込みすぎなんだ! ぷるん」
「先生いま、ぷるんぷるんさせたくてわざと怒りましたでしょう」
「次行こうか」
「はい。次はなんでしょう」
「かみて、しもてだな」
「かみて、しもてですか。これはもともと芝居の用語ですね。舞台に向かって、右側がかみて。左側がしもてですね。ここからかみしもという用語も出てきます。この用語、落語でも普通に使われますが、いただけませんか」
「かみて、しもては別にいいんだ。ただ漢字で書くとなにしろ、『上手』『下手』だ。ややこしくってかなわない。かみてはじょうずなのか。しもてはへたか」
「ははあ、確かに字で伝えることを重視するとなると、これは確かに重大な問題かもしれません。『演者○○が下手を指差した』なんてSNSに書いたら、『○○ ヘタ』の検索で引っかかってしまいますからね。では、どうしたらいいでしょう」
「かみて、しもてという言葉はいいとしよう。だが字を変えないといけない。すなわち、客から見て右手は『神手』、左手は『霜手』とする」
「なにか、意味も込められているのですか。神の手とか、霜がおりるとか」
「ううん別に。嚙み手と志茂手でもいい」
「志茂って北区の地名じゃないですか。落語との関係なんてないでしょう」
「桂竹千代がここで落語会やってるからいいだろう」
「無理やりが過ぎませんか」
「じゃ、こうしよう。上亭と下亭。読み方も、かみていとしもていだ。実に落語らしい」
「はい。ちょうど時間となりました。講師のDH定吉先生、ありがとうございました。これで終わりですから、どうぞお好きなだけぷるんぷるんしていってください」
「わあい。ぷるんぷるん、ぷるん」
「ではまた次回にお会いしましょう」
はじめまして。対談番組形式だったことでTBSの落語研究会を思い出しましたw あの番組は解説の方が変わったようで、恥ずかしながら小生は存じ上げない方だったのですが、業界では有名な御仁なのでしょうか?
いらっしゃいませ。
落語研究会を連想とはまた変わったご感想ですね。
宮信明氏はすみません、私も存じ上げない方です。