新横浜コットン亭2(下・三遊亭歌彦「さじ加減」「新聞記事」)

歌彦さんは人情噺のさじ加減。
師匠・歌奴のものを聴いたことがあるが、雰囲気は大きく違う。
歌彦さん、人情を一切取り払い、湿り気ゼロの滑稽噺として演じる。
三方一両損みたいな味わいの噺に化けているのだった。
大家と悪役との掛け合い、そして大岡越前守のお裁きに、笑いの要素のほうを強く感じたのであろう。類まれなるセンス。
人情味を取っ払うには、医者の若先生が来てくれないので精神に異常をきたした芸者のおなみを描写しなければいい。
女性登場人物の役割を増やすトレンドとは真逆のやり方だが、これが功を奏している。
そして主役であるはずの若先生にも、ほぼ主体性がないし、個性すらない。

噺の骨格を作り上げれば、あとは歌彦さんには決して突出しない、しかし適切な脱線のできる、魅惑の話術がある。

大岡越前が登場し、「この噺は主人公が登場するまでが長い!」。
そして、演者が直接は知らないので調べた加藤剛の話など。
最近のNHKでは東山紀之。いずれも男前。
今日は落語で、予算がないのでこの顔でご辛抱ください。

人を食った大家夫婦の肝の座った掛け合いがハイライト。

会話の呼吸は二ツ目でも屈指の歌彦さん。
そして、私自身振り返って気付いたが、創作力にも実に長けた人だ。
次の新聞記事も爆笑だったが、この噺だけなら創作力は一切感じなかったもので。
いずれにしても、衝撃の展開を持ち込んで客の度肝を抜くタイプではない。だが、強い足腰でもって噺のレベルを引き上げていける得難い人だ。

仲入り休憩後はまた歌彦さんから。

前座のときは歌つをという名でやっていました。二ツ目になって、師匠に歌彦と付けていただきました。
私もいずれ真打になるはずですが、その際は戻りガツオになると思います。
高知県出身です。男はいごっそう、女ははちきんというのが高知県民です。
いごっそうとは、「異骨相」がなまったものだそうで。龍馬のように人の意見を聞き入れ調整する気風があります。
はちきんは、男の4倍肝が座っているという意味だそうで。4倍なので8キンです。
四国の4県は、それぞれ自慢が違うという話。
香川県は夏になるといつも水不足だが、あれはうどんの茹ですぎ。

2席目は軽いネタを出すところ。新聞記事。
八っつぁんが隠居を怒らせるシーンがなく、暇つぶしに隠居が八っつぁんをからかっている。
八っつぁんは新聞を表紙から読む。メインレースだから。
人の行き死にをネタにするんじゃないなんてのはどちらからも出ない。
ネタを披露しようと最初に出向いた家に、ウソ話の主人公である竹さんがいて、慌てて退散。
仕方ないので豆腐屋に上がりこんで再現する。
骨格自体は、最近でこそやや珍しいタイプだが、それでも普通の範疇。
しかし普通の噺が、たまらなく面白いものだった。
会話の妙だけで笑わせる。
やはりどこまでも突出せず、ずっと面白さが続くのだ。

ギャグもひとつ入っていた。「タイ」が思い出せない八っつぁん。なぜか「翼をください」を歌い出す。
「飛んでいきたい」まで歌ってようやく思い出す。
客が拍手を入れたとたんに話のオチが来て、ややグズグズになったが仕方ない。

ちなみにさじ加減では感じなかったが、新聞記事を語る口調は古今亭志ん輔師にそっくり。
志ん輔師の新聞記事を聴いたことがないにもかかわらずそっくりに聞こえる。
この口調自体は別に嫌いじゃない。
歌彦さんを今後聴き続けると、口調が上書きされるかもしれない。
ちょっと追いかけてみたい人。

トリは志ん松さん。
噺家っていうのはのんびりして見えるでしょうが、これが中から見ると本当にのんびりしてまして。
だからこそ、この世界に入ってきたいなんて人がいるんですね。東笑亭ですか。
ここ、客の反応ゼロだった。ピクリともしないので驚いた。

道具屋マクラを振る。昔の手紙は小野小町から清水の次郎長。
火焔太鼓。
粗忽の釘と異なり、古今亭の看板のこの噺は、あまりいじらないのだった。
安定の面白さなのだが、ちょっと歌彦さんに食われたかもしれない。
軽い噺で食っちゃったとして、演者の責任ではない。
新聞記事で爆笑しすぎて、客が疲れた気配が漂っていた気がする。

ちょっとペースが速かったのでは。
火焔太鼓はどうしてもスピーディにやりたくなるのだろうけども、志ん松さんテンポを上げていくと口跡がやや不明瞭になるのだ。
崩さないのはいいとして、自分のペースでやればいいのになんて。
この噺は必ず披露目でやりそうに思うが。

それでも志ん松さんも、昇進前に何度か聴くつもりである。

次回のコットン亭は夜席で、志ん松さんと同じ今秋昇進の古今亭始さんに、春風一刀さんとのこと。

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作成者: でっち定吉

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