クレージー新作と、新作派のじわじわ来る古典を聴いて、実にいい流れでトリ。
吉原馬雀さんは、三遊亭天歌だった頃に聴いた噺のうち「無限しりとり」という一作のみ私は高い評価だった。
あとから思うと、その高座の頃が、クソ師匠にひどい目に遭わされていた真っ最中だったのだが。
改名・復帰後ここ連雀亭で二度聴いて、快作続き。もうすっかり新作落語界の実力者という評価になった。
3月の池袋・新作まつりには顔付けされていてほしいものだ。
そして来秋の真打昇進の披露目には必ず行く。遊京、馬久と同時なのでこちらとしてもたいへんだけど。
新作落語、特に東京で作られたものには必ず「飛躍」が要素として含まれている。これが私の観察。
古今亭駒治師など、ストーリー的に必要ない飛躍をわざわざ入れ込んでくるぐらいだ。
だが、馬雀さんだけは作り方が違う。
日常から極力はみ出ないで作る。この点、文枝系統の盛んな上方新作に似ている。
だが上方新作ともちょっと違うのは、ストーリー展開自体を深く掘り下げていって、ここを広げ思わぬ展開を作り上げるということ。
復帰後聴いた2席からは、この共通項が導き出せた。
「私受付してたんですがうっかりしまして、神田連雀亭10周年の会のチラシを配り損ねました。お帰りの際にどうぞ持っていってください」
この会は10月11日と12日。金と土。
メンバー未定なので、チラシ見てもなにがなんだか。
少なくとも、「せっかくだから志ん輔師匠を呼ぼう」なんてことはなさそうだ。
産経らくごに入るとタダで配信聴けますよとある。私は産経らくごやめたばかりだが、解約時期を忘れにくい月初に合わせて入り直すのはアリかもしれない。
ビックリマンシールの話。
少年時代ビックリマンコレクターであった馬雀さん、段ボール箱で工作して、シール入れにする。
このことが知られ、普段なじみのない仲間までもが遊びに来る。
みんなが帰った後で、シール箱がないのに気づく。
翌朝学校に行って、このうち誰かが犯人なんだと暗い気持ちになる。
マクラはこの通り手短で、20分程度フルに使った一席。
今年聴いた2席と同様、日常からはみ出ない作品。
ただし、「無限しりとり」と同じ要素が漂っている。ちょっとした教養と、頓智である。
令和の壺算といえるユニークな噺。
ちょっとだけ、会話がしつこいなと思った箇所があった。
天歌時代に私が決して好んでいなかった要素の一端が思い出される。
その要素と、しっかり入っている価値の両方から、なんとなくだが元師匠にハマらなかった理由がわかる気がした。
あの師匠は、知を練り上げていった先にある新作は嫌いなのではないか、そんな気がしてならない。
あの愚かな師匠の最大の悪癖は、自分自身の限界に無知すぎた、そういうことだと思う。
自分のコントロールできない(その発想じたい、名門と比べたら噴飯ものだが)弟子を、当人の希望通りリリースしておけば法廷に引きずり出され、多くの名誉を喪うこともなかった。
話がそれました。
今回の「十円の価値」は男2人の会話だけで成り立っている。
場所はタクシーの車内。いざ支払いをする段になって、トラブル、というほどでもないのだがどうでもいいところでやや揉め気味。
話の20分間、タクシーから出ないまま、わりと平和に会話が続いていくという現実離れした設定。
しかし演者が振り切って堂々とやると、ちゃんと成り立つのである。
古典落語の「胴乱の幸助」でもって、向こうから割木屋のおやっさんがやってくるのが見えているのに、おなじみ喜六清八がいつまでも会話を続けているのと一緒。
タクシーが到着し、料金は810円。
運転手はうっかり釣銭を用意せずに営業所を出てきてしまった。だから1,000円でおつりが出せない。
お客はちょうど持っている。助かります。
お客は言う。小銭あるけどない。このピカピカの10円玉、もったいないから出したくない。
毎日マヨネーズで磨くとピカピカになるんだ。
この10円玉には200円の価値があるだろう。どうだこの10円玉を200円として支払うというのは。
そんなことされましても、お釣りはやはりないので。
運転手は、自分の財布から釣銭を探す。釣銭はやはりないが、ゴソゴソやって取り出してきたのはピカピカの10円玉。
どうですお客さん。
お客のピカピカの10円は昭和60年だが、運転手の10円は昭和30年。
お客さんの10円に200円の価値があるなら、私のには300円の価値がありますね。
マヨネーズより、醤油で磨くといいですよ。
こんな、割と平和な押し問答が続く作品。
セリフのかぶせ方など実に丁寧。
会話がややしつこいと思った部分もややありつつ、しかしものの価値という深遠なテーマに迫る、まさに知を練り上げた作品。
これで終わってしまうわけではなく、ここからが「令和の壺算」だと思う本番であるが、さすがにネタバレはよします。
復帰後の馬雀さん、私的には3連勝。
繰り返すが、東京でもっと活躍場所がありますように。
なければ私がなんとかします。
少なくともしたいと思います。
(追記)
天歌時代「4回聴いて1勝3敗」だとずっと当ブログでは書いていた。
なんと、2018年の謝楽祭で記憶になかったもう一度聴いていたことが判明。
この際聴いた「甲子園の土」はよかったので、実はそもそも2勝3敗でした。
馬雀になってから、3連勝。