そしてトリは春風亭橋蔵さん。芸術協会、柳橋門下。
故郷の話をしていた談吉さんを引いて、自分の故郷、和歌山の名物。
こちらの人はご存じないかもしれませんが、名物はパンダなんです。パンダがたくさんいます。
御年27歳の世界最長老パンダがいますが、動物園の人は、その爺さんパンダにまだ子作りをさせようと企んでいるらしいです。
なんていう、語りようによっては大変面白そうな話を、実につまらなく語る橋蔵さん。
でもいいんだ。古典落語をきっちりやっていれば、マクラもそのうち面白くなるに違いない。落語って面白いのだから。
つまらない話も、堂々と語る点はいい。ここでくじけているようだと、客が辛くなっていたたまれなくなるのだ。
まだ二ツ目になって間もないこの人が好きで、ずっと着目している。
先日は梶原いろは亭でも聴いた。明るい三遊亭らっ好さんと、見事なハーモニーであった。
だが、評価しないファンもいるだろう。実はそれもよくわかる。
この人の欠点については、その高座が好きな私だって、すぐに指を折って挙げることができる。
- 基本的に面白い話ができない
- 登場人物の演技がやや凡庸
- 無愛想(※ぶっきらぼうではない)
面白い話のできない噺家って、どうなの?
だが、そんな表面的な欠点を軽く埋め合わせて余りある特質を、橋蔵さんは持っている。
繰り出す言葉のリズム。これがすばらしいのである。
前回聴いて、この人の言葉のリズムの、長短のメリハリ、そのすばらしさを書いた。
今回はそれに加えて、リズムの強弱のメリハリにも気づいた。
といっても、やたらとリズミカルで、言葉の意味が耳に入ってこないような落語でもない。
一見つまらなさそうな要素がはっきり見えているのに、でも気が付くと聞きほれてしまう。その理由を掘り下げていくと、リズムに気づく、そういう他に類のない落語。
癖の噺をしていた小はぜさんを引いて、酒飲みの上戸のマクラを振ってから、試し酒。
この試し酒も、二人の旦那の描き方はわりと凡庸である。セリフも棒読みっぽい。
でもいいのだ、下男の久蔵が弾けているので。
ちなみに、柳亭小燕枝師の試し酒を聴いて気づいたことだが、田舎もんの久蔵、そんなに強調して演じる必要はない。旦那二人を固く描いておけば、勝手に弾けて映る。
この橋蔵さんのものも、そんな感じ。だから、旦那の描き方が凡庸だとしても、噺トータルでとらえればさほどの欠点でもない。
現在の橋蔵さんの、未完成な形も見ておいて損はないと思う。20年経ったらきっと出世しているこの人のことを、「俺は連雀亭で聴いたぜ。あの頃から光るものがあったぜ」って自慢できるはず。
そして、胆力のある人なので、今後はもっと迫力が出てくるだろう。
酒の飲み方は上手いが、「どうだ」というところは一切見せない。地味だが、でもじわじわ来る。
企まないところがいいのだろう。
試し酒は描写だけの4杯目を除き、計4回盃を飲み干してみせる。それぞれ、フィニッシュの飲み干し方を強調して描き、これはなかなかグッとくる。
最後の一杯は、「でえじょうぶだよ」と久蔵が旦那に断っているが、だからこそ、本当に飲めるのかどうか心配になる。スリル満点。
ああ、本当に飲んだよという気持ちが客に起こる。
トリとして、見事な試し酒であった。
おかげさまで、この日も感動して帰途に就いたのです。
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