池袋演芸場18 その7(三遊亭遊雀「替り目」下)

そして遊雀師の本編は替り目。
3月に鶴見の落語会(トリ)で聴いた演目なので被ったが、まったく嫌ではない。この師匠の代表作じゃなかろうか。
前回聴いた際、新宿末広亭のトリを取っている遊雀師ご本人が家に帰り、怖い奥さんに迎えられてそのまま替り目につながり、実に驚いた。
今回は、明確に自分のこととしては語っていなかったが、でも同じようなもの。
ご機嫌の亭主が帰ってきて、「愛橋ちゃんと鯉橋ちゃんが飲もうっていうから。この後ほんとに行くんだけど」だって。
つまむものはないかという亭主に「鼻でもつまんだら」と、恐ろしく低い声で返すかみさん。
それを亭主が受けて、「いいね、そのいかにも古典落語ってツッコミ。鯉橋ちゃんが好きそうなツッコミだ。俺、鯉橋ちゃん大好き、本寸法で」。
思わぬところで遊雀師の演芸論が漏れる。

出番的に、亭主の独白を聴かれたところでサゲるのではないかと思ったが、スッと続ける。
遊雀師、むしろこの噺のあまり掛からない後半部分、うどん屋の場面がお好きらしい。
私も好き。大工調べと真田小僧、そしてこの替り目は、後半にも価値がある。
でも、この日はくどくどとうどん屋に絡みはしない。お燗を付けてもらっただけで、海苔を炙ったりはしない。
遊雀師、この部分で時間を調整しているのだった。

夜席の仲入り前が昔昔亭桃太郎師。桃ちゃんを聴いたら、夕食の支度があるので私は帰る。
桃ちゃん、夜席が始まる前に、入口から中を覗いていた。その後ずっと楽屋にいるわけじゃなかろう。上の喫茶店にでも行くのだろうか。
前座(弟子の全太郎さん)が、茶托なしの「せこい茶碗」を持ってきて、座布団の横に置く。
それから、今度はマイクを持ってきて、座布団の後ろに置く。

自宅で前座の弟子と話をしていたと桃ちゃん。前座からヨイショを散々もらって気持ちよくなったところで、ソファーから手をついて立ち上がろうとした際に背中をグキッと傷めたらしい。
それで医者に行ったというぼやき。なぜか皮膚科に行き、痛み止めをもらう。

仲入り前なのに落語はしないらしい。疲れちゃったんだと。
マクラの楽しい人だが、漫談だけっていうのは初めて聴く気がする。
そして、ずいぶんとテンションが低い。ぼそぼそ喋って、これがまた面白いんだ。
勉強はしておいたほうがいい。高校のとき、もてていたのは進学校の連中だけだったとボヤキ節。

長野の高校を出てから弟子入りする前、桃ちゃんは軽井沢のリゾートホテルで半年ぐらいアルバイトしていた。
本当の金持ちは、別荘ではない。ホテルで長期滞在するのだと。
東京や京都から家族でやってくる中に、女子大生の娘などというのもいる。
その娘も長いこと滞在しているので、ホテルマンの桃ちゃんと自然と仲良くなる。
そのうちの一人が、先日浅草に訪ねてきた。
会いにいったらその娘がいない。いたのは婆さんだけだと。当たり前だ。
青春の思い出と会うもんじゃないとボヤキっぱなしの桃ちゃん。
桃ちゃんのお客らしい、前列の女性が死ぬほど笑い転げていた。

最後にせっかくだから歌いますと言って、マイクを入れて、裕次郎が長嶋さんのために歌った「男の友情背番号3」をフルコーラスで歌う。
スーパースターとは、裕次郎や長嶋さんをいう。
スーパースターは業界にはひとりだけ。野球なら王、芸能界なら鶴田浩二や小林旭はどうしても陰に隠れてしまう。
落語界ではなんといっても志ん朝だったと桃太郎師。

緩い緩い、前身の力が抜ける楽しい一席。この日もっとも緩い高座でもっておしまい。
居続けた人は、ピシッと陽子先生の講談で締めてもらったのだろうけど。

池袋芸協の一日、7日間にわたりお付き合いいただきありがとうございました。
ちなみに、居続けした長い寄席だけど、メモは一切取ってないですよ。ペンすら持ってないし。
記憶だけで書いてます。マクラから演題、クスグリから噺の演出まですべて記憶。
演者の順序は、さすがに芸協公式から貼り付けた。それは覚えられない。
寄席の模様、あまりにも詳細だと、録音してるんじゃないかと楽屋に疑われそう。勝手に心配したりします。
なぜこれだけのことを覚えていられるかというと、私はシチュエーションではなく、そのときの自分自身の感情の動き自体を記憶しているためです。
そして、古典落語については頭の中にテキストが仕込んであるから、演出を変えていれば違いはすぐわかる。
もっとも、覚えていることを残らず書こうと思っているわけでもない。それはさすがに野暮の極み。
まあ、野暮の基準を決めるのが私自身なんですけどね。

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作成者: でっち定吉

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