落語の中手

中手は「なかで」と読む。「なかて」でもいいような気もするが、通例に従っておきます。
一席の落語の途中でされる拍手のことです。初めとしまいの拍手は当たり前。
噺家さんの腕に対する賞賛が本来の中手だけど、他にもいろんな目的で拍手はされる。それらを含めて取り上げてみたい。

よくある中手は、「そばを食うのが上手い」とか「言い立てが見事」などである。
そばは「時そば」「そば清」。言い立ては「大工調べ」「黄金餅」「がまの油」など。「金明竹」では中手は普通来ない。
「噺家さんの歌が上手い」「浪曲や講談が上手い」なんてことで拍手が起きることもあります。

マクラで、「滑り受け」のダジャレを言って、もっぱらその勇気に対し拍手が起こることもある。
三平をボロクソに言えば、だいたい大きな拍手が起きる。
天どん師匠が人間国宝をdisったときは、私は拍手したが他はそうでもなかった。

いつも引用させていただいている「五代目小さん芸語録」に出てくる先代小さんの教えには、「中手をもらうようなクサい芸をしたらいけない」というのがある。
そばを食う仕草など、下手よりは上手いほうが絶対いいのだが、だからといって客を納得させるために上手い芸を魅せるものではない。
とはいえ、感心している客が手を叩くのもまた自然。そんなとき小さんは、そば食うのをそこで止めちまえと教えたのだと。
もっとも避けたいのは、噺が壊れてしまうことだから。
確かに、そばを食う仕草だけ客に感心されるのも不本意だろう。

小さんはもともとリアリズムを追求した人だった。
だが小きん時代、バクチの噺で、三代目三木助に教わった「壺を振る仕草」ばかり上手くなって、道行く客の会話で酷評されていたのを耳にしたと。
それ以来、あんなものは適当でいいんだと言うようになったと。
そばとうどんを食い分けるのは、決して適当にはしなかったが、しかしそこにばかり焦点が当てられるのも不本意のようだ。
噺家さんの腕を褒めるのも難しい。

当ブログにも書いたのだが、市馬師や小せん師が、中手を嫌がるのだ。柳家だからだろう。
でもこれからの季節、あちこちで「掛け取り」を掛けるだろう市馬師、相撲甚句など上手いもの、そりゃ拍手するわなあ。
手を叩きたくなる芸を魅せておいて、それに対するレスポンスを断るなんてとも思うのです。

私は堀井憲一郎氏の書くものが好きだ。
氏は、初心者を寄席に連れていくことがある。初心者にとっては、落語は敷居が高いので、エスコートしてもらわないと寄席に行けないのだ。(行きなよ、と思う)
その際にひとつだけ教えることがある。「高座の途中で拍手をしない」ことだと。
中手が落語を壊す場合もあるので、これには一理も二理もある。
柳家小ゑん師匠の高座の最中、ギャグのひとつひとつにいちいち拍手をしていた、悪気はないが暴力極まりないおばちゃんのことにはブログでも触れた
マナーレベルで「手を叩いちゃいけない」とすればこんな悲劇は解消しそうだ。

でも真の問題は、拍手を止めないおばちゃんに常識がないことではない。噺家さんが喜ぶに違いないと思い、自分の強い自意識をそこに勝手にリンクさせてしまっていることが最大の問題だと思う。
自意識がむき出しになっている客なら、その笑い声やメモ書きすらすべて高座の妨げになる。
高座は生き物。単純ではないのだ。だから「手を叩いちゃいけない」というのは実のところルールにはなり得ない。
次のように、拍手が必要とされるシーンもあるから。

「私、このたび本席から二ツ目に昇進いたしまして」
「私、来年春の真打昇進が決まりまして」

噺家さんがこう話し出したときは、もう、すかさず手を叩いた方がいいと思う。それもできるだけ早く。
噺家さんが自分のめでたい話を披露しているのに、客からアクションが起こらないと、いたたまれないことこの上ない。
これは高座の空気を守るために必要なことなのだ。客の自意識肥大とは関係ない。

まだマクラの段階なのだから、こういう状況はルール外だという解釈も成り立つだろう。
だが、それほど単純ではない。じゃあ、噺家の漫談はどうだという話にもなる。
さらに、漫談だか落語だか判然としない地噺はどうだと。

だから大事なことは、日本人らしく「空気をよく読むこと」。これに尽きるのだろう。
空気を読めないのは、寄席に慣れていないから。慣れていないなら、そのことを自覚してまわりの様子をうかがっていればいい。
空気をちゃんと読めば、色物さんの芸に対しても、適切に拍手ができるようになる。
まあ、適切に拍手をし過ぎると、ネタの少ない色物さんが、頼りである「拍手強要ギャグ」を一つ出し損ねたりするのだけど。
「あの、終わりましたよ」みたいな。
だが、そんなものは出し損ねたらいいのだ。

続編:落語の変な拍手

作成者: でっち定吉

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