国立演芸場11 その4(瀧川鯉八「長崎」)

今日の主役、鯉八師はフォークの名曲「悲しくてやりきれない」の出囃子で登場。
鯉八師の出囃子を聴くのが初めてで、こんな曲を使っているとは知らなかった。ちゃお。

この披露目に来るか、連雀亭ワンコイン寄席か迷った最大の理由は、披露目のほうでは、絶対に知っている噺が掛かるだろうなと思ったから。
披露目では、冒険した新作など掛けている場合ではない。
実際に知っている噺だった。堀之内寄席で聴いて感動した「長崎」。
だが、自分でも意外なぐらいカブリは気にならない。やはり披露目には、人をウキウキさせるなにかがある。
そして、この鯉八師の「長崎」はまごうことなき傑作である。
そもそも、先の鯉枝師、鯉朝師の高座と同様、新作落語は被って当然。ファンもそのつもりでいないと。

同じことを書くとダレるので、上下に分けたこちらの記事もご覧ください。
マクラはこの、堀之内寄席の際よりはずっと短かったが、実の祖父が大変なプレイボーイであることには触れる。地元の女のすべてが彼女だったという。
プレイボーイは隔世遺伝すると振って、お墓参りのシーンへ。流れからすると、「長崎」専用マクラというわけでもないのだろうけど。

亡き夫を墓の前で偲ぶ老婆。結婚前に一緒に行った、長崎の情景を思い出す。
若き彼氏が、ちょいちょい昔の彼女といった思い出をポロっと語ってしまうので、そのたびに不機嫌になる。彼氏は「長崎に罪はない」というのだけど。

二度目でもやっぱり不思議な噺。
路面電車に乗って中華街へ、そしてトルコライス発祥の喫茶店へ、さらにコーヒーとフルーツサンドが名物の名店へ。お腹を空かせながらぐるぐるさまようふたり。
お腹が空いて仕方がないのに、彼氏がいちいちポロっと「前回」の思い出を語るので店を出る彼女。
廻るお店は現実の名店ばかり。リアル長崎が、鯉八師の手に掛かるとファンタジーの迷宮となる。
といって別に、迷宮世界で格別の事件が起こるわけじゃない。ただただ、二人がぐるぐる廻っているうちに、客のほうが先にトリップしてくるのだ。

この噺を掛けられる人は、鯉八師以外にはいるまい。いたとしても、兄弟子の鯉枝師だけ。
現実世界のリアルを追求したい人には語れない。たぶん、起伏のないこの噺に耐えられないだろう。
前回聴いた際は、しっかり目を覚まして聴いていたにも関わらず、後半の展開がもやもやっとしてしまった。高座がぐにゃりと曲がったような印象。まあ、それこそが高座の楽しい記憶になっているのだが。
二度目なので、もう少しストーリー(ないけど)に食いついた。
フルーツサンドのおいしい喫茶店で、彼女が江戸時代のオランダ商人と邂逅する。ぐにゃりとした物語に、もう一段上の混沌が仕込まれているのである。
しかし、噺のムードを楽しめる落語ファンなら、細かいことは気にしなくてよろしい。どこまでも奥深く広がる鯉八ワールドがそこにある。

今回もまた、クライマックス(ないが)付近の記憶がモヤモヤしている。
サゲで冒頭のシーンに戻る前に、お墓の前の情景が再度出ていたのも、前回通りだったような、違ったような。
でも、この記憶の混乱は、鯉八師が意図的な混沌を狙っているために生じているものと思う。
なんだか形容できない、不思議な満足感がズシリとのしかかる。そして聴き終わってからも、日ごとにそれが増大していくのだからすごいではないか。
まさに、「天才鯉八を聴かずに死んではいけない」。このDVDのタイトルは的を得ている。

鯉朝師もマクラで、あと2日あるので来てください、その後は日本橋亭もと語っていたが、すべて完売である。
やはりこの金曜日に来てよかった。

現在の新作落語は、もっぱら落語協会の噺家によって担われている。
ひと昔前は「新作落語の芸協」だった。鯉八師もその代表である柳昇の系譜。
鯉八師のような天才を抱えた芸協新作も、これから大いに栄えていくだろう。
実に楽しみである。

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作成者: でっち定吉

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