2020M-1グランプリ(下)

《錦鯉》丁稚採点90点(7位)/結果:4位

面白いのだけど、ああ、これは最終決戦進出はできないコンビだなと、早い時点で思いながら観てしまう。
トム・ブラウンよりはすんなり入りやすい。
未就学児から小学生あたりが喜ぶ、「幼稚ネタ」だ。
幼稚だからただちにいかんと言うのではない。お笑い好きが持つ幼児性に響けばいいのだ。
幼稚ネタの中では、もっともインテリジェンスに充ちている気がする。それがどうしたと言われそうだが。
トータルな仕上がりはともかく、「レーズンパン」とかつまらないネタに徹底的にこだわって笑いを回収するあたりは見事だと思う。
ツッコミのタイミングと所作が完璧なあたりに、地下芸人の層の厚さを知る。

《ウエストランド》丁稚採点91点(5位)/結果:8位

「自我と自覚では自我が強い」という叫びはやたら面白かった。
そして、「誰も傷つけないツッコミ」「なかよしコント師」を斬って捨てる。
しかしこの大会では、驚くほどの完敗に終わったのであった。
秩序破壊型の芸は、びっくりするほど外すこともある。

結局、流行りの「誰も傷つけない笑い」に挑み、そして跳ね返されたようなそんなイメージ。
でもツッコミの井口、実は誰ひとり傷つけてなどいない。
しかし、「不特定の誰かを傷つけていそうな気がする」客に、だんだんマイナスが積み重なってくる芸。
嘘でいいから幸せがあるといいのに。

私は数年前から結構注目しているコンビ。
ツッコミがまくしたてているように映るが、でも客席に向かってひとりで喋るわけでなく、ちゃんと相方とやり取りをしている。
相方のつまらなさもギャグにして、ちゃんとネタに跳ね返す。
ウーマンラッシュアワーとは違うのだ。
ボケの相方も、毒気の半分を吸収してしまうところに奥行きがある。

 

最終決戦は、ネタに内在する「知性」で評価を付けた。
といって最初から、そんなものを評価基準にしているわけじゃない。
マヂカルラブリーがもっとも知性に欠けたネタを出してきたので、結果的にそうなってしまったのだ。

最終決戦《見取り図》丁稚評価2位/結果:2位

いつも面白い漫才だが、ちょっと普通にも感じた。
毎年のM-1で観て、面白がるレベルの漫才。
これが、1本目だったら決勝に残れていないのでは。
ただ、進行において少しずつ違和感を残しておき、回収するギャグは非常に知的に映る。
あとマロハ島。

ヤフーの投票を見ると見取り図が圧倒的な1位。
だが、それはそれで違和感がある。
彼らの優勝に終わっていても「今年は低レベルだった」という振り返りは否めないだろう。
また、他の2組に比べれば本格っぽいが、本当は本格派の芸というわけでもなく。

最終決戦《マヂカルラブリー》丁稚評価3位/結果:優勝

こういうインテリジェンスに欠けた芸は好きじゃない。
やっぱり、ギャグのひとつずつが、なににも掛かっていない。
そもそも「吊り革につかまりたくない」というテーマに共感できないから、観ている私において、なにも始まらない。
コロナに絡めるとか、枠組み作りには注力しないのだね。
ということはだ。万人にわかってもらえる芸に昇華する可能性は、今後もないということ。
M-1の看板倒れ代表として、今後もずっとイマイチな評価を続けられる予感がしてならぬ。
2年経つと、「なぜかM-1を獲った芸人」として、バラエティでいじられるようになる。本人たちも自虐に使うようになる。

最終決戦《おいでやすこが》丁稚評価優勝/結果:2位

1本目以上にしつこいネタ。歌はやっぱり見事。
だが、しつこさを徹底することで、「しつこい歌ネタに辟易する相方」に感情移入してきてしまうではないか。
ここまでやらないとする。するとよくある「ちょっと歌を変えてみたネタ」という、すぐ消化されてしまうネタに落ち着いてしまう。
そこの見極めはすごいなと。しつこくて脱落する人もいるわけだから危険なギャンブル。
マヂカルラブリーと比べると、圧倒的に知性を感じるネタである。
なので個人的にはこの人たちが優勝。1本目のほうがずっとよかったが。

おいでやすこがに対しても指摘があるが、特にマヂカルラブリーについて「漫才ではない」という論評が多い。
しかし、「漫才ではない」という指摘は不思議である。
「面白くなかった」または「私にはわからない(合わない)」ではダメなのか?

思うに、多くの人がマヂカルラブリーで結構笑ったらしい。しかし、笑った自分が許せない。そこで理由を探す。
この点、THE MANZAIのウーマンラッシュアワーに対する批判と同じ。

私はというと、マヂカルラブリーにそもそもピクリとも反応しなかったので、「漫才でない」という捻った不満をぶつける必要はない。
ともかく、マヂカルラブリーで大笑いした人から、「この丁稚定吉とか言う人、偉そうなこと書いているくせに笑いなんか全然わかってないじゃないか。すっ込んでろ」と言われても、反論できない。
しないけど。
すっ込んで、落語(と寄席漫才)について語るしかないかな。

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作成者: でっち定吉

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3件のコメント

  1. 上中下にわたるM-1総評お疲れさまでした。

    決勝前の個人的な優勝予想では願望含みではありましたが東京ホテイソンに期待していました。理由はミルクボーイの例のシステムや霜降り明星粗品の手の動きなど「視聴者が思わず真似したくなる親近感」が最近のM-1では重要なのかなと思ったからです。あの備中神楽ツッコミ「い~や○○の××」は真似したくなる要素かなとも思ったのですが…

    しかしものの見事に逆神となってしまいました(苦笑)東京ホテイソンは巨人師匠の言っていた「頭を使いすぎる」が的確でしたね。他の漫才でも言葉遊びゲームではないシンプルなものを1本目でやっていたらと思うともったいなかったかなと思いました。ただ、彼らはまだ若いので今後に期待したいですね

    今回の決勝戦で個人的に一番笑ったのは錦鯉でした。もうすぐ50歳になるおじさんがフルスイングで弾ける姿は堂々としていて好感が持てました。ただ、パチンコというネタの選択が人を選ぶのかなというのが若干惜しくもありましたが。

    そして今回優勝したマヂカルラブリーですがあのネタを「漫才ではない」という人の心境も少し分かるような気がします。あくまでも個人の感覚に過ぎませんがマヂカルラブリーのネタは「動き笑いに全振りした」ことと「言葉のキャッチボール(掛け合い)がなかった」ことが漫才に見えなかったのかなと思いました。

    ネタ中に野田は延々と変な動きをし続けます、そして村上がツッコミを入れますがそれを無視して変な動きをし続けました。普通の漫才だったらボケたらツッコミが入りそのツッコミの内容へのレスポンスという形で間違ったことを言う(ボケる)という風になると思います。ボケ・ツッコミの1セットが繰り返されるところをツッコミを無視して延々とボケ続けた(句読点がないような?)ところが個人的な「違うお笑いを見せられている感」になりましたね。

    ツッコミを無視してボケ続けるといったら決勝戦のおいでやすこがの2本目も開始早々から「こがミュージカル」が始まりツッコミのおだが空回りするようにも見えました。M-1ファイナリストで現在作家のユウキロックさんもYouTubeで「1本目はつっこみの小田主体、2本目はボケのこが主体で違うものを見せよう(飽きさせないようにしよう)としたら1本目でウケた小田のツッコミの始動が遅くなった」といった旨のことを言われてましたね。

    個人的にはおいでやすこがの2本目はジュークボックスの曲が変わるところから始めてこがミュージカルだったら良かったのかなとも思いました。1本目が「盛り上がる曲の提示→メジャー曲風の知らない曲というボケ→ツッコミ(→別の曲の提示)」でなんというか区切られていた感じがあっただけにもったいなかったかなと。

    ただ、決勝3組の中ではおいでやすこががあの中では優勝して欲しかったという願望もありました。あの3組の中で「視聴者が思う漫才らしい漫才」をしたのは見取り図だったと思います。しかし、目新しさが若干足りなかったのかなとも感じました。話芸の要職に就かれている巨人師匠や塙さんが(おそらく正統派を重視して)見取り図に入れて新しさを欲しがる松本さんがおいでやすこがに入れたのはそういうことなんだろうなとも思いました。

    最後に今年のM-1は関西弁の芸人が少なかったので関西弁有利という過去の傾向を覆して非関西弁の芸人が優勝したらいいなとは思っていました。本音を言うと関西弁の漫才に若干のマンネリズムも感じていました(優勝しやすい傾向(関西弁)が「型」に見えるといった感じでしょうかね)

    結果としては確かに非関西弁の芸人が優勝したのですがうーん…って感じになってしまいましたが(苦笑)今年はコロナ禍もあり変則開催で優勝候補と思われていた芸人が敗退したこともあったので多少は割り切らないと仕方ないとも思っています。来年はいい大会になるといいですよね。

    二回連続で長文になってしまい失礼しました。今年も残すところあとわずかになってしまいましたが体調には気をつけて良い年末年始を過ごされてください

    1. うゑ村さん、コメントありがとうございます。
      マヂカルラブリーでピクリともこない私の感性は、やはり特殊かもしれません。

      1. 笑いの形は千差万別だと思います。受け取り方もまた千差万別だと思います。ハマらないものはもう仕方ないのかな、と。

        コメントの「特殊」に自虐の意味がもしあるのなら卑下する必要はないと私は思います。

        他人の感性を誹謗中傷して「自分のほうがいい感性持っている」とマウントを取るようなことをしなければそれで十分ではないでしょうか。合わない感性の人がいたら叩くより宇宙人だと思って相手をしないみたいな感じで。

        賞レースに関しては当たり年もあれば外れ年もあるということで引きずらないのも手だとは思いました。

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