神田連雀亭ワンコイン寄席30(中・橘家文吾「新聞記事」)

愚痴を一日書いてしまった。
気を取り直して、橘家文吾さん。文蔵師の一番弟子(番犬1号)。

開口一番「男ばっかりですねー」。
女性はひとりだけじゃないですか、連れてきてくださいよと。
これで空気がガラっと変わった。さすがだ。
ツカミに命を懸ける文蔵イズムの継承ですな。

ここ連雀亭は、早くからアクリル板を設置しているので安心ですと言って、最近アクリル板を導入した新宿末広亭の話。
これが、高座の前に申しわけ程度に付けただけ。
私は小さいのですっぽり収まります。ただ、自分の姿が映るので、所作についていちいち反省しながらの高座になりました。
いっぽう、漫才のような立ち高座では、アクリル板の上に顔がある。意味ないだろ。
噺家でも大きい人だと、アクリル板の上に顔がはみ出る。市馬会長の顔が壁の上にはみ出ていて、「進撃の巨人」と呼ばれているとか。

末広亭の夜席は、終演が1時間早まった。全員の持ち時間を短縮して調整する。真打は12分で二ツ目は10分。
前座はなんと3分。
わずか3分でどうするか。大胆な前座噺の短縮を行う。
子ほめの、褒め方を教わるくだりをそっくりカットして、いきなり八っつぁんが友達の家に上がり込む。
愉快な八っつぁんが、ただのクレージーな奴になってしまう。
「やかん」では八っつぁんが、いきなり先生に「やかんはなんでやかんって言うんですか」。そしてすぐに講釈が始まる。

マクラでしっかりウケて、本編に入る文吾さん。これがあるべき高座の姿。
八っつぁんが隠居を訪ねてくる。割と不愛想な隠居で、なんとなく一之輔師の造形っぽいなと。
と思ったら「新聞記事」だった。
まさに一之輔師から教わったものに違いない。

一之輔型の新聞記事はとにかく面白いので、20年後のスタンダードになっているだろう。
他人が演じるのでは、前座時代の柳亭市若さんから聴いたことがある。
本家を聴いたことがある人なら、あまりにも強烈なため、一目瞭然でわかる型である。新作落語みたいなもんだ。
いにしえの新聞記事では、当の竹さんに、最初にネタを話しに行ってしまう。一之輔師は構成を根本的に入れ替え、サゲにこれを持ってくる。
一之輔師の開発した展開とギャグは、文吾さんのものにもなおふんだんに入っている。
だが、そこは達者な文吾さん。自分でさらに楽しく作り替えている。

一之輔師の作った噺の中に、師匠・文蔵っぽい口調やフレーズが時折顔を出すのも見もの。
メタギャグも入れる。
隠居のウソ話に「なんですかこれ」と八っつぁん。隠居は、「古典落語だ。新聞記事だよ」。

新聞記事という噺、非常に難しいのが、「人の生き死にをネタにする」という点。これで引いてしまう客だっている。
友達の竹さんが殺されたよという隠居のウソ噺を、一之輔師は必要以上に真に受けることで、難点を解消する。
教わったらしい文吾さんは、同じ道は歩まない。八っつぁんが驚いているうちに、ネタバラシをする形。

「体を交わす」のタイが思い出せず、恵比寿さまの釣った鯛から持っていく八っつぁん。
「渋谷の隣は」「池尻大橋」という一之輔師の強烈なギャグは、市若さんも使っていた。
文吾さんはというと、「渋谷の隣は」「神泉」。井の頭線に乗ってしまう。
そうじゃないよと言われて「下北沢」「なんで急行乗っちゃうんだよ」。

八っつぁんが隠居に教わったウソ話を聴く友達のほうは、すでにこの話を知っている。
なので、わかったうえで八っつぁんのしどろもどろの話に付き合い、ちょくちょく訂正してくれる。
神泉のギャグも、からかっているのである。
知っている話ではあるが、しどろもどろの八っつぁんのデタラメ話があまりにも面白いので、半笑いになっている。
この部分、客の代弁をしてくれているのである。

一之輔師の噺は、そのままやってウケるようなものではないはず。かなりの腕がないとこなせないだろう。
先日、桂鷹治さんが、三遊亭遊雀師の型の「堪忍袋」を軽快に演じるのを聴いて以来の感動。よくできたカバー曲みたいなものだ。
古典落語というものも、演者の作り上げる比重がいかに高いか、改めてよくわかる。
先人の作り上げてきたものを大胆にいじる人がいて、それにまた、演出を凝らす人がいる。

不愛想な文吾さんだが、高座に上がる際にはきちんと演者としてすべてを作り込んでくる。
立派なものだ。
大満足の高座。

続きます。

 

お見立て/短命/新聞記事/富久

作成者: でっち定吉

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