新宿末広亭3 その5(入船亭扇遊「天狗裁き」)

寄席の継続そして結局の中止に関する記事を挟みつつ、とぎれとぎれにお送りする、緊急事態宣言直前の末広亭の模様は今日でおしまい。
昼夜通しで聴いたのに、たった5回で終わってしまうとは、饒舌な私には珍しい。それだけ、今回は全体的に軽かった。
軽いのは悪いことじゃない。満足度は高い芝居だった。
あと、驚くぐらいマクラの内容を忘れたのもある。たぶん、皆さん大したこと言ってなかったのだと思う。
いいんだ、マクラ聴きにきてるんじゃないんだから。

入船亭扇好「持参金」

入船亭扇好師は、初めてかと思ったのだが、後で調べたら4年前の池袋、寄席の日で聴いていた。
その際と同じ演目、持参金。この噺を寄席で聴くの自体、それ以来。
この一席、この日のヒット。

持参金というのは、女をモノのように扱うひどい噺。
私自身が本気でひどい噺と思ってるわけじゃないのだが、そんな感想を持つ女性もいるでしょう、きっと。
だがそんな噺を掛ける扇好師、実に色気がある。色気と言っても、女のではない。この噺の女登場人物、ひどいご面相のお鍋は直接口を利くキャラではない。
三人の男の会話に、色気が満ち溢れている。かっこいい男たちではなく、世の中ついでに生きてるしょうもない人たちである。
そんな男たち、扇好師に掛かると、実に艶っぽいのだ。
ひどい噺から、魅惑のように楽しさが噴き出してくる。
10円返さなきゃいけないので、ひどいかみさん、しかも腹ボテの女をもらおうという男に、なんだか変に共感してしまった。
実はそんな噺だったんだな。

柳家三三「元犬」

ヒザ前は柳家三三師。人気のこの噺家も、実にご無沙汰。なんと2016年の暮れの新宿以来。
お前、ホントに落語ファンなのかと言われそうだ。別に避けてるわけじゃない。

独立して記事を立てたぐらいだから、2016年の高座はかなり衝撃の一席だった。だがこの日を最後に、私はしばらく末広亭と距離を置くことになる。
三三師、池袋では毎年8月下席を正蔵師と交互で務めているのだが、それ以外あちらではあまりお見かけしない。
私が新宿に戻ってきたため、ようやく巡り合ったわけだ。
そして演目は、その5年前に聴いたものと同じ「元犬」だ。前日も掛けたらしいのだが。
前座噺で、ヒザ前に向いた演目ではある。

この元犬は、サゲ、というか結末全体を大きく変えた一席。結末を変えるために、注意深く伏線を敷いていく。
変わり者の奉公人が好きな隠居だということからすると、名前だけ出てくる女中のおもとさんも、当然変わっている必要がある。そこから話を膨らませる三三師。
ネタバラシはやめておく。そのうち「演芸図鑑」で掛かると思う。
結末を最初から知って聴いても、価値がないなんてことは全然ない。
元犬は、人間に生まれ変わった シロを、どこまでそれらしく描くかという噺だと思うのだ。
シロは人間界のルールがわからないのですっとんきょうなのであり、別にウケ狙いでボケてるわけではない。
それに、犬だった過去を隠しているわけでもない。訊かれないから黙っているだけなのだ。
このあたりを徹底的に膨らませる、楽しい元犬。
元犬、個人的には転失気に次いで飽きた噺の筆頭。だが達者な人のものは、何度聴いても大丈夫。

仙三郎社中は、親方が亡くなったのでプログラムには「仙志郎・仙成」と出ている。だがメクリは「仙三郎社中」のまま。

入船亭扇遊「天狗裁き」

いよいよトリの入船亭扇遊師。
先月、鈴本のトリに結局行けなかった。来れてよかった。
寄席というところ、寝ていたっていいところですと。そして器用なお客様は寝言やいびき、中には寝返りまでしてみせる。
夢の話なので、これはもう「夢の酒」だろう。扇遊師の十八番。
しかし、旦那を起こすかみさんが、全然上品ではない。いかにも長屋のかみさんだ。夢の酒じゃなくて、天狗裁きだった。
トリで天狗裁きとはちょっと意外。軽いな。夢の酒なら、ありそうな気がするのだけど。
天狗裁き、別にすたれてはいないと思うが、ちょっと出番が減っている気がする。まさに、夢の酒が流行ってきたため生じている現象。私はそう思っている。
現代人は、付加価値のある噺を好むのではないかなと。夢の酒はとても色っぽく、そこに酒に対する煩悩まで入ってくる、贅沢な噺。流行るわけだ。
扇遊師から天狗裁きを聴くのは初めて。
入れ替えなしの寄席の夜席主任ともなると、先に出たあらゆるネタを避けなければならないから、噺を選ぶのも大変だ。

天狗裁きという噺、寄席では知らずに聴いてる人はほぼいないわけで、難しいよなと思う。
扇遊師はさすが、即物的なウケを一切目指さない。
この噺、「はじめ女房が聞きたがり」でもって、客が勝手にじわじわ来て笑い出すという印象。だが扇遊師、このわかりやすいフレーズを使わない。
非常にシンプルなやり取りが続くのだが、演者の肚の持ちよう一つで客を自在に操るのだ。
「天狗はそのような話は聴きとうない。が」の「が」が最高。

ごく軽い噺で終結だが、それもいいじゃないですか。
ごちそうさまでした。また12日以降に寄席に行きたいものです。

その1に戻る

 

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。