喬太郎・文蔵・扇辰三人会 その2(橘家文蔵「青菜」)

扇辰師の田能久、寄席で聴くものと比べどこがたっぷりか。まず峠の夜越で雨にやられ、小屋に飛び込む久兵衛さん。
まっくらな中でいろりを探り当て、火を吹いて灰を浴びて、なんとか火を起こす。実にリアルで楽しい。
それから、オロチ退治のシーンもたっぷり。
男二人をおとりに使い、タバコのヤニと柿渋を混ぜたカクテルをぶっかける。シャレた奴は水鉄砲を使う。

以前、群馬の太田まで行って扇辰師の「徂徠豆腐」を聴いた。冬の寒さの中豆腐を売る描写が非常に入念だったのだが、末広亭で再度聴いたときは省略されていた。
どんな場所でも噺を編集する、見事な扇辰師。まあ、当たり前といえば当たり前だが。
ちなみに今日も情景描写の見事さを自賛し、「これは三遊亭白鳥にはできません」と入れる扇辰師。

それにしても、扇辰師の田能久は本当に展開が自然だ。
オロチが久兵衛さんを狸と誤解する点、弱点を勝手に喋る点、そして久兵衛さんが村人に弱点を喋る点、すべてスムーズ。
ここが自然でないと、この噺はすぐグズグズになる。トラップの多い噺をすんなり乗り切るウデ。

オロチ老人に弱点(嫌いなもの)を聴かれ、カネだと答える久兵衛さん。
カネだと? キンか? 河村という村があってな、そこの村長が、キンの延べ棒を勝手に口に入れて、いま大騒動だっていうんだよ。
楽しい脱線。

さすが落語会で、いきなり楽しい長講30分。
扇辰師は高座を下りる際、楽屋のほうを向いて、文蔵師来てる? と確認のOKサイン。
場内またしても爆笑。

文蔵師は高座に上がっていきなり横座り。上ずった声(わかりますよね)で「休ませてください」。
忙しくってね。本来そんな、掛け持ちするような芸人じゃないんですよ。
鈴本から来たんですけど、あっちはつ離れしてませんでしたね。
鈴本の文蔵師は本来仲入りだが、この日は早い出番に替わっていた模様。
普通、一席終えて楽屋で「急いでる」っていうと、前座さんが2人、時には4人で手伝ってくれるもんだと。
だけど今日は、ひとりだけ。萬窓師の弟子、まんとさんがひとりでのんびり着物をたたんでくれる。
着物を畳むにも、きちんと畳もうとする。文蔵師が「袖だたみでいい」と声を掛けると、わざわざ着物を広げてやり直す。
そして、暑いものだから襦袢が肌に張り付いている。脱がせてもらおうとするのだが、五十肩の文蔵師、無理に剝がされるととても痛い。
ようよう着替え終わって、さあ銀座だと思ったら「お茶でございます」。誰が飲むか!

やっと息が落ち着いてきたよと言って、河村市長はすごいね! と話を変える文蔵師。
あの人、結構好きなんだけどね、やっちまったね。寄席の楽屋にいそうな人なんだよ。
悪さをしても、「シャレだよシャレ」で許してもらおうとするようなね。
師は別に、市長を弁護しているわけではない。ともかく師がイデオロギーとは無関係な人だというのがよくわかる。

この会はいつも冬だから、夏の噺ってやったことないんだよ。
他のふたりはネタたくさん持ってるからいいんだけど、俺はそんなにないからね。
でも、普段やらない話をやります。
そこから急に「植木屋さん」。
青菜である。
そんなにやらない噺なのだろうか? 調べると音源も結構出ている。
私は、植木屋が建具屋に、腕を鳴らして暴力で(青菜を頼めと)迫る部分を聴いたような気もするのだが。でも、これは道灌の同じくだりだったかもしれない。
ネタ数が少ないことは、文蔵師はいつも高座で語っている。いっぽう、喬太郎・扇辰の両師は、時としてびっくりするような古典を持っている。
まあ、どちらも噺家のありようだ。いい悪いはない。

それにしても、他の人のものとはまったく違う青菜であり、衝撃。
ストーリー、展開が違うわけではないのだが、細かい造形が斬新で、しかしながら自然だ。
植木屋は、品のいい旦那の前だが、わりとかわいいチンピラみたいな造形。文蔵師の分身だ。
物おじせずにぐびぐび柳陰をアオる。
そしてかみさんは古典落語らしく乱暴、つまり一見普通だが、植木屋に「お前、ひょっとすると『貴族婦人』って呼んでもらえるぞ」とささやかれると、たちまちこれに乗っかる単純な人。
亭主の遊びに、ごく自然に乗っかる。

そして、先ほどの扇辰師と同じく、噺のスムーズさにいたく感動。
旦那の隠し言葉を実践したい植木屋が、やってみたいと思うまでのスピードが最速。
世界新記録の速さ。もう、最初からやってみたいんだもん。
以前、人間国宝・小三治の青菜が、いかに不自然にできあがっているか私は検証したことがある。それに比べ、すべてがなんて自然なんだろう。
真似したいと思うその単純さをフルに発揮するためには、序盤から徹底した造形が必要なわけだ。
建具屋の半公がやってくるので、慌ててかみさんを押し入れに隠すまでのドタバタも、現実の時間軸には収まらないはずなのに、きわめて自然。植木屋が真剣に(落語らしく)焦っているから、客にとってスムーズに感じるわけだ。

明日も文蔵師の続きから。

 
 

作成者: でっち定吉

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