じゅうべえ/ たらちね
らっ好 / 子ほめ
竜楽 / 親子酒
(仲入り)
楽松 / ぞろぞろ
好の助 / 双蝶々
今年は竜楽師がトリではなかったので、国立演芸場の五代目圓楽一門会へは行かなかった。
円楽党には行くけど、安い席へ。10月30日、神田連雀亭ワンコイン寄席の後、秋葉原から総武線で亀戸。
6月の、好の助真打昇進披露以来の亀戸梅屋敷寄席である。
1,000円で2時間、円楽党の師匠たちが聴ける寄席。
この日は大入りで30人以上か。
トリは三遊亭好の助師で、なんと双蝶々。
仲入り前は、お目当ての三遊亭竜楽師。
この日はさらに、三遊亭とむさんも目当てにして来たのだけど、休演だった。
13日の中野宝仙寺寄席で、好の助・とむという顔付けがあり、当初これに行こうと思っていた。だが、亀戸に二人とも、しかも竜楽師と一緒に出るからと思ってやめたのである。
だから、代演のらっ好さんも楽しい人でファンなのだけど、軽くずっこける。
スウェーデン人のじゅうべえさんの高座は、4度目。前座にしては随分遭遇している。
この日はたらちね。
じゅうべえさんは、好楽師の温かみのある落語に惚れて弟子入りしたのだという。
この日のたらちねは、その目的にふさわしい、いい世界観が描かれていたと思う。
独自のギャグは入れていなかったが、入れなくていいんじゃないか。
たらちねの長い名前はいろいろバージョンがあるけども、円楽党のものは柳家でよく聴くものとほぼ同じだった。ただ八っつぁんに嫁入りする娘さんの名が「清女」でなくて、柳家では母の名である「千代女」になる。
三遊亭らっ好「子ほめ」
そしてらっ好さん。受付には表示されていたようだが、メクリが変わって初めて代演を知る私。
だが、この日の「子ほめ」は、それはそれは圧巻のデキ。目当てにしていたとむさんには悪いのだけど、らっ好さんが聴けて本当によかったと思ったもの。
圧巻のデキといっても、変わったギャグや展開など皆無。落語ファンみんながよく知って頭に叩き込んでいる、ごく一般的なテキストに基づく前座噺だ。
子ほめはもともと、数ある古典落語の中でも一二を争う楽しい噺なので、たらちねや道灌と同様、上手い人がやると実に楽しい。前座に任せておくのがもったいない噺なのだ。
いつもニコニコ、客に幸せな空気を醸し出してくれる得難い二ツ目さんだが、らっ好さん、ここに来て急速にパワーアップしているじゃないか。
どう上手いか。ごく普通のテキストから得られた感動の中身を解析するのは、案外難しい。
だが端的に言うと、ひとえに会話の妙である。登場人物すべてが気持ちよく暮らしている楽しい世界の話。
そして少ない登場人物は、次の展開を知りつつ予定調和に喋るような気配が微塵もない。
とりあえず噺を懸命に覚え、大きな声で間違えないよう喋る前座さんには不可能な技である。らっ好さんは、子ほめを徹底的に体に叩き込んでいるらしい。
ちょっと気になったのは、「たらちね」と「子ほめ」って私の中ではばっちりツいてる噺だけど?
八っつぁんの会話の相手が、大家から隠居に替わっただけじゃ? 楽しかったので全然構いませんけどね。
ちなみに、亀戸にはマナーの悪い客がしばしば紛れ込むのだが、この日のお客さんはすごくいい人たち。
そういえば、好楽師主任のときの客も大変よかった。弟子の好の助主任の席において、決して無関係ではないだろう。
三遊亭竜楽「親子酒」
そして仲入り前は、私の追いかけ続ける三遊亭竜楽師。
「阿武松」を二度聴いた以外、演目は被ったことがないのだが、これはわりと幸運かもしれない。だがそろそろネタも被る頃。
と思っていたら二度目の親子酒だった。でも、別に構わない。三遊亭らしい、形のよさを楽しむのにいい噺。
今日は大盛況で嬉しいと竜楽師。高座に出た瞬間、人数がわかることがあるから。
昨夏、そんなつ離れしない日に私も遭遇したけども。
マクラは例により海外公演。台湾、イタリアと続けて行って、最後がアメリカ公演。
ヒューストンまでの往復航空券をもらったが、最初の目的地はNY。ヒューストンから、直行便のないニューヨークに乗り継いでいく。
深夜についての昼公演など公演をいくつもこなし、LAを廻ってやっとヒューストンに戻るが、ダラスの公演のためまた飛行機。
全米じゅう、時差のある中を飛び回って、大谷翔平の心境がわかるようになった竜楽師。ただ、向こうは投げて打って走ってだが、噺家は座るだけ。
海外公演はもちろん続けていただくとして、国内でもっと正当に評価されて欲しい師匠。とりあえず「日本の話芸」か「落語研究会」でお見かけしたい。
マクラを喋りながら、ネタはまだ決まっていないらしい。
英語公演だと、やれるネタは少数精鋭で決まっているのだが、日本語のときは悩むと。
自慢げにも思える一連のマクラだが、この素敵な師匠には、嫌らしさのかけらも漂わない。
竜楽師については、私は人情噺が好きなのであるが、滑稽噺ももちろん楽しい人。
婆さんが猫を放したり、べろべろの大旦那が肩を怒らせて座っていたりする、かたちのいい親子酒、実にウケてたなあ。
感度のいいこの日の客たちは、即物的な笑いではなく、人物のやり取りのおかしさにしっかり笑う。
いつもは竜楽師のネタ、背筋を伸ばして聴くことが多い。だが、トリでないこの日は、聴き手をとことんリラックスさせてくれる楽しい竜楽師の姿があった。
三遊亭楽松「ぞろぞろ」
仲入り後は三遊亭楽松師。寄席に顔付けされていると引き締まる人である。
前に出た竜楽さんが黒紋付で、あたしも黒紋付。別に借りてるわけじゃねえんです。
このあと出る好の助さんも黒紋付。別に3人で替わりばんこに着てるわけじゃない。
全然知らなかったのだが、楽松師、1年前に心臓が止まったんだそうだ。観光大使を務めている播州赤穂で、四十七士のコスプレでマラソンをしたところ、完走後具合が悪くなり、記憶が飛んだ。
二度目のAEDを掛けられて意識が戻ったのだそうだ。
AEDは、蘇生するときはだいたい一度目。二度目のAEDで蘇生するケースでは、通常後遺症が残るらしいが、楽松師には出ていない。貴重な症例らしい。
へえと思う。今年に入ってからも、亀戸と両国でこの師匠聴いているのだけど。
楽松師は、この出番のときは必ずトリを立てて軽い噺を掛ける。この日はぞろぞろ。
ちょっと聴いたことのない型。わらじはもともと1足しかなかったのではなく、直前の雨でいつになく大盛況になった茶屋において、わらじがまとめて売れてしまったのであった。
なるほど、このほうが理にかなっている。
そして、主人は本当に信心深いので、取ってつけたようにお参りを始めたわけではない。
いろいろな型があるから古典落語は楽しい。
三遊亭好の助「双蝶々」
そしてトリの三遊亭好の助師。
黒紋付に関するマクラをそこそこに、「長兵衛と長吉の親子がおりまして」。
え、圓朝ものの双蝶々(ふたつちょうちょう)?
亀戸でやるような噺だろうか。私も、圓生の本で読んだことしかなく、聴いたことはない。
今日の客がなかなかいいので、黒紋付でもあるし決行したものだろうか?
私は人情噺は大好きだけど、しかし好の助師に期待するものは、明るい噺である。大いに戸惑う。
笑いのまったくない噺を、じっくり語る、面白い顔の噺家。実に不思議な光景である。
私も他の客も、引き込まれて聴いていたのだが、時間がまだあるなと思っていたらサゲ(オチではない)が早めに来た印象。序盤カットし過ぎなのだろうか? もちろん、カットしないと出せない長い噺だけども。
不思議な心持ちで亀戸梅屋敷を後にする。
だが、会場を後にして、ひと駅錦糸町まで歩くうちに、だんだん思い出して面白くなってきた。こういうことはたまにある。
どういうことか、ある程度理屈で解明できる。噺に引き込まれていて、聴き終わってリラックスすることで、改めてその緊張の根源がじっくり響いてくるのである。
好の助師の師匠は、先代正蔵譲りで意外にも不気味な噺の好きな好楽師だし、双蝶々など、円楽党の祖、圓生の得意ネタだから素養はあるわけだ。
柳家喬太郎師みたいに、なんでも路線を目指しているのでしょうか?
喬太郎師はなんでも路線のすべてで力を発揮しているくせに、ご自身では「ファミレス」だなんて言っている。
このレベルに到達するのは大変だが、好の助師にも無限の可能性がありそうだ。
またこんなのも聴きたいですね。