池袋演芸場28 その5(柳家三三「元犬」と池袋むかし話)

寝ていたのであっという間にトリの三三師登場。
マクラが実に面白かった。
問題は本編で、元犬。トリでも元犬か。
いや、三三師の元犬はただの前座噺ではない。革命的な作品である。
でも個人的にあまり出会わないこの人の高座を2016年、2021年とこの2022年に聴いて、その全部が元犬って。
師だって元犬ばっかり掛けてるわけじゃあるまいに。別に、圓朝ものや白鳥新作に期待してきたわけでもないけれど。
この元犬、NHK演芸図鑑で流れるに違いないと2016年の時点で想像したのだが、それはまだ。

ともかく、楽しいマクラをちょっと。
この池袋演芸場は、建て替えられて20年ですか。
昔はあちらの広い通りでなくて、裏の狭い通りに入口がありました。よくわからない使い方です。

寄席は3階にありました。みなさん階段を登っていきますが、途中に噺家の色紙が貼ってあります。
先代柳朝の色紙は「もう少しだ。がんばれ」でした。
先代小さんの色紙は「芸は人なり」。その横に橘家圓蔵の色紙があり、小さんの色紙に矢印を向けて「芸はおとなり」。

池袋は新しいビルになるまで4年ぐらい閉場していました。
新規オープンして、いきなり平日の昼席を始めたんです。それまでは平日は夜しか開けてなかったんですよ。寄席というのは、テレビのない時代夜楽しむ、そういうものだったんですね。
夜席しかない時代に来ているのは近所の人です。寄席でどうしていたかというと、寝ているわけです。
寄席はだから、寝ていてもいいんですよ。
昼席が何の断りもなく始まりましたが、知らせてないものだから本当に人が来ません。
私の前座時代は、お客がひとりなんてのは当たり前でした。お客さんが入ってくると、すぐに太鼓を鳴らすんですね。

改装前は桟敷席でした。座椅子もありますが、混んでくると取っ払います。
新しいこの席になってから、ポスターを貼ったんですよ。「椅子席申し上げます」。
微妙でしょ、このコピー。
この微妙なポスター、この地下に降りてこないと貼ってなくて、結局来ないと見られないという。

浅草あたりは、たまたま通りがかって「ああ、寄席だ。入ってみよう」という人がいるものです。
池袋はそんな人は来ません。今日たまたま通りがかった人います? いませんよね。
決意しないと来ないんです、ここは。
だからほかの寄席とはマニア度が違いますね。
今日も変わった噺ばっかりやってますでしょ。
でも、藤兵衛師匠の「音曲質屋」以外は皆さんわかるんじゃないですか。別に驚きもしないで、ああ、二階ぞめきだね、なんて。
でも二階ぞめきなんてね、掛からないですよそうそう。
こういう珍しいのを普通に聴けてしまうのが、池袋のお客さんなんです。
みなさん、自分たちは普通の落語好きだと思ってらっしゃるかもしれませんが、世間から見たらそうじゃないですから。
だからみなさん友達いないですよね(場内大爆笑・拍手)。

友達いない客のネタは、兄弟子である故・喜多八がよく喋っていた。
客を突き放して笑いを取る喜多八と異なり、三三師はもう少し目線が優しい。
しかし驚いた。
池袋の客のマニア振りをあげつらうのは、他の演者もよくやる。
だが、「マニアの客が自分を普通だと思っている」部分で笑いを取る人は他にいない。
自分をマニアと自認するファンほど、逆に目の前の事象を普通と思い込む癖があるわけだ。
二階ぞめきを普通に聴けてしまうファンの感性自体を皮肉るなんて。もともと自身が落語マニア学生だった三三師、完全に客を見透かしている。

狐狸を軽く振って、王子の狐や紋三郎稲荷でもやるのかと思ったら、犬の噺。
こればかり遭遇する私だが、構成を確認しながら聴く元犬は素晴らしいものだった。
「一回りするとお手をせずにはいられない」シロのクセを、早めに出してきて繰り返すのである。
でもネタバレを避けると、もう書くことがなくてなあ。

古い記事にリンクを貼っておきます。

柳家三三「元犬」

ともかく、代演多めを認識しつつあえてやってきた日曜の池袋。日曜なのに池袋はやっぱりマニア。
しかも、しばしば自分が普通と思うこじらせたマニア。

コロナ明けの復帰には最適な寄席でした。ちょっと寝すぎなのはさておき。
三三師ももうちょっと聴いていきたい。
あとは有望な若手である柳家小はぜさんが、小三治病から脱却することだけ願っておきまして。

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作成者: でっち定吉

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