2023年最初の落語は、客3人だった。
いささか生々しくて、取り上げるのを遅らせた。
遅らせたらいいことあるの?
あくまでも気分の問題だけど、多少人の記憶も薄れるのでは。
演者のほうには、「誰かお客さん来ないかなと思ってたらでっち定吉が来たよ」なんて思ってる人もいるかもしれない。
「この際定吉でもいいや」なんてね。
私一度も名乗ったことなんてないけれど。
私は初席は行かない。
1月11日の神田連雀亭から始動である。
前日の10日から墨田区でPayPay30%還元が始まっている。
年末もそうだったが、買い物がてらのついで落語。
といって、ついでだから誰でもいいなんてことはもちろんなくて。
ワンコイン寄席に春風亭一花さんが顔付けされている。
一花さんの席、最近になってやたらおじさん客が集結し、つる子化してしまった。
やや辟易。実力派の一花さんご本人の落語は大好きなのだが、今回はやめておこう。
ツイッターによると、ワンコインのほうは盛況だったらしい。まあ、ほぼ一花さんの客と思う。
昼席もわりと面白いメンバーなので、そちらを目指す。
行ってみたら私含めて客ふたり。2席めの途中にひとり来て3人。
寄席の世界は正月が続いていても、二ツ目の席だとこんなこともある。さらにワンコインにとられたらしい。
決して悪いメンバーではないのに。満足したし。
締め込み | 風子 |
厠の仇討 | 鷹治 |
元犬 | 花飛 |
女性の部屋に入りたい | 伸べえ |
市松模様の着席は解消し、38席フルだが、アクリル板はそのまま。
前説は桂鷹治さん。
少ない客のことはいじらず、喫煙したい方は秋葉原まで行ってなど、普通の面白前説。
前説の稽古してるみたいだなと思った。
春雨や風子さんは久々だ。
調べたらなんと2018年以来。すっかり空いてしまったが、ずっと気になっていた人である。
久々だが、実に色っぽく艶っぽいお姉さま。
現在は年齢非公表だが、まだ公表していた頃に、私との年齢差を覚えてしまっている。
まあ、とにかくいろいろすごい人。
ふたりの客に対し、自己紹介マクラ。なじみのない客と判断したのだろう。
山口百恵と申します、と言って「ひと夏の経験」のさわりを歌う。
こう見えて、バンドやってたとき8,000組のオーディションを勝ち抜いてデビューしたんです。
いまだにアニソンの検索で、当時出したCDが引っ掛かりますよと。
わりと早くから落語の道に進みたかったんですが、女だからダメって言われまして。
仕方ないので東京NSCに進みました。6期で、同期はスリムクラブです。
そのあともう一回入門志願して今に至ります。
途中で結婚したり別れたり、いろいろあるんですが。
あと芸能人の顔マネの話と、今度の15日、雪が谷大塚の、林寛子のお店で漫談と歌のショーをやると。
満席なんですが、キャンセルが出て1名分空きがありますのでよかったらとアピール。
顔マネは真打になったら始めようと思っていたが、真打にもなかなかなれませんと自虐。
風子さんのプロフィールには、こういう内容は一切出ていない。
本編は締め込み。
普通の古典落語を聴いたのは初めてかも。
泥棒の「そこです」というフレーズが入っていたので、意外だが柳家さん喬師から来ているのだろうか。
締め込みって、「女啖呵」の噺だったんだなあと。そんなこと、一度も感じたことはなかった。
無実の罪で叩き出されそうになるかみさんが、昔のなれそめを語って亭主に逆襲する。
その啖呵に痺れました。
そして泥棒と亭主、男の演技も実にスムーズで違和感ゼロ。
喧嘩シーンは迫力たっぷり。パンチも出てヤンキー気質。
土屋アンナっぽい。
泥棒さんが入ってくれたから仲直りできたんだと亭主。
冷静に考えれば、泥棒が入らなければ騒動にならなかったのだが、こういうツッコミは客に任せる。
演技も構成も実に上手い。
師匠が真打にしてくれないのは、余芸が多いからなのだろうか。
そもそも実力で真打昇進を判断するもんじゃないと思うけども。
でもこの一門、弟弟子の晴太さんも急速に腕を上げてきているので、悪く言うのもはばかられる。
とにかく風子さんの本業は素晴らしい。
続いて桂鷹治さん。
浅草お茶の間寄席の新春特番で、「男前の弟子が好き」だと、ナイツと鯉昇師に指摘された文治師が、「でも鷹治は横から見たらコブダイ」と語っていたのがいたく面白かった。
文治二丁目ネタもやりづらい時代だが、なにしろご本人が使っているので。
ちなみにナイツ塙はテレビなのに「文治師匠は楽屋でいつも金玉握ってますよね」だって。
クルミのこと。
鷹治さんのマクラは初夢について。
一富士二鷹三なすびの後、四扇五たばこ六座頭もあります。
なんの組み合わせなんでしょう。諸説ありますが、家康の好きなものを集めたんじゃないかともいわれてます。
こんなうんちくを語る。
特に笑いの要素はないのに、実に楽しい。
講談師とまったく異なり、ごく軽い世間話としてのテンションで語る。
インテリなのに、決して上から語らないところが話術として巧みだ。
夢の話は、途中から仇討ちの話に変わっている。
天狗裁きや夢の酒を語ろうとして、途中で方針変更したのだろうか。
途中からひとり入ってきたものの2人の客の前で、反応を探るもなにもないと思うけども。
「客の反応が薄いな」と思われたんじゃないかと、ちょっとだけ気になる。別に私の反応、薄くないと思うけど。
仇討ちの掟、ルールを語る。
神社で出くわしたら、鳥居をくぐって外に出てから立ち会わねばならないなど。
そして江戸時代、長屋の糞尿が葛西に運ばれ、堆肥になってまた野菜を育てるのに使われた話。江戸時代はSDGsです。
大家が長屋の住人に言う。「たまにはうちの長屋で糞をこけ」。
糞尿は金になるのである。
いったいどこに連れていかれるのだろう。
冷静に考えたらなかなかスリリングな状況だが、鷹治さんののんびりした語り口に、客はゆらゆら漂うばかり。漂うのはいい気持ち。
カタキを探し回る武士、たまたま入った共同便所で、念願のカタキが隣にいた。
用足し前だがここは名乗らずにはいられない。
敵の名は、川柳(かわやなぎ)。下の名はなんだったか、くさそうな名前。
仇討ちをするほうは、草野平太のせがれ。
初めて聴く噺だが、古典の珍品なのだろうと思っていた。ありそうな噺だし。
だが、「厠の仇討」で検索しても該当まるでなし。
鷹治さんの作った新作なのだろうか。あるいは、古い芸協新作なのか。
「かわやなぎ」なんて人名が入っているところも、新作っぽい。
いわれはわからないが、間違いなくよくできた噺であって、古典落語として聴いてもなんの違和感もない。
鷹治さんから以前、小噺「将軍の屁」を聴いた。
草野平太なんて名前が、あの小噺のセンスに近い。
世にも珍しい便所での立会に、町人どもは大騒ぎ。
敵のほうは焦るでもなく、悠々と用を足して表で待っている。返り討ちにしてくれるわ。
ところが、いつまで待っても敵持ちのほうが出てこない。
緊迫するはずの決闘のシーンなのに、実にしょうもないサゲがついている。
しみじみと楽しい、落語らしい一席。