落語には、サゲより大事な「いただき」がある(下)

今やアクセス1日800、月別閲覧数5万超を誇る当ブログだが、時としてまるでお客さんの来ない記事もある。

1年前に書いた続き物だが、上中下3回に分ける想定でいた。
当時「中」のアクセスがあまりにも低かったので、途中で打ち切ってしまったのだった。

落語には、サゲより大事な「いただき」がある(上)

いきなりその続きを書いてみることにします。

最近、落語のあらゆる検索ワードにおいて、当ブログが引っ掛かるようにしようと企んでいる。
そして、結構上手くいっている。なにも、皆さんの大好きな破門のキーワードだけじゃなく。
今なら人気のなかった連載も、しっかり締めるチャンスじゃなかろうか。

「いただき」というのは、物語の頂点のこと。英語だとクライマックス。
名称がダサいのはお許しを。いいのを思いついたら替えますよ。
「錦の袈裟」だったら、「お寺しくじっちゃう」というサゲ(よくできたほうだが)などどうでもよくて、重要なのはいただきである、「与太郎の殿さま扱い」こちらのほうだ。

落語においては伝統的にサゲ(オチ)が極めて重視されているのだが、大きな勘違いだと思っている。
私も過去にサゲをリサーチし、落語のサゲの大多数はどうでもいい適当なものだと結論付けた。
適当なサゲを分類しても、あまり生産性はない。そう言いながら、今でもたまに分類してるけども。

それでもともかく、サゲが落語の肝だと思っている人は多い。
その誤った歴史を、でっち定吉がひっくり返したわけだ。まあ世の中、自分ですごいことをしたと思ってるヤツが評価された試しはないけど。

古典落語の「いただき」を、思いつき次第書いてみます。廓噺は不評の「中」で取り上げたので省略。
「中」まででは書かなかったが今回、いただきの重要な要素をひとつ発見した。
物語の裏設定が始まるサインとして働くということ。それも個別の噺で触れてみます。

粗忽長屋

この噺のサゲ「抱いてる俺は、いったい誰だろう」は有名だし、よくできている。
でも、機能としては噺を終わらせるというだけで、ここに肝はない。

もっと重要ないただきは、「じゃあ、当人連れてきます」だろう。
あるいは、「当人連れてきました」か。あるいはセットか。
「死んだ人本人を、長屋から呼んでくれば解決でしょ」という、このくだりが、地盤ごとこの世界をガラガラと裏返してしまうのだ。
この噺、このシーンまでは八っつぁんはちょっと愉快で、ものを知らない若者に過ぎない。
いただきから、噺の裏設定がスタートするのである。
サゲも、裏設定の終了という点では重要ではある。

禁酒番屋

これはわかりやすいんじゃないですか。
「あのここな、正直者めー」というサゲは、「してやったり」という着地だ。
だが、始まった瞬間があるのである。それがいただき。
禁酒番屋のいただきは、「しょんべん持ってきましょ」のくだりだ。
そこまで、この噺はあくまでも「番屋をなんとか通過し、近藤さまに禁断の酒を届ける」ことがテーマ。
だが、いただきからテーマが替わり、「タダ酒飲みやがったさむらいに復讐する」噺に替わるのだ。
ちなみに親子酒だったら、若旦那が帰ってくるところが最大のいただき。
ここから、噺は酔っ払いワールドに突入する。

悋気の独楽

サゲは「しんぼうが狂ってます」で、別に面白くはない。
サゲは面白くなくていいのだが、いただきは面白くないと噺が成り立たない。

悋気の独楽のいただきは、「定吉がおかみさんの前で独楽を回す」である。
おかみさんは旦那に帰ってきてほしいが、旦那の独楽は妾のほうばかり追い回す。悲しくも楽しいお噺。

ちりとてちん

腐った豆腐をイヤな奴に食わせる噺。
ちりとてちんも酢豆腐も、単なる嫌がらせでないところに味がある。

サゲは「豆腐の腐った味がします」。酢豆腐だと「酢豆腐はひと口に限る」。
上手く作ってあるけれども、サゲが見事というほどでもない。
やはり、策略を練って豆腐をいかに食わせるかが見ものであり、この部分がいただき。
ここから噺は最終ステージに入る。
ちょいちょい、食わされるほうが策略に乗ってくるのが楽しいのだ。

青菜

青菜のいただきは、サゲの直前にある。
かみさんが(暑いのに)押し入れから「だんな様」と言って出てくるところ。
ここでウケなかったら、もう失敗だと思います。

岸柳島

青菜もそうだがいただきは性質上、サゲの直前に置かれることも多い。
そこから、新たな世界が始まるのである。
世間はどうして結末だけ取り上げ、始点を重視しないできたのだろう。
ともかく岸柳島だったら、若侍が悠々と泳いで、渡し船に迫ってくる場面がいただき。

六尺棒

オウム返しは落語の伝統だが、六尺坊の場合は悪いオウム返し。
放蕩ものの若旦那が、外に出てしまった大旦那を締め出し、逆襲する。
いただきはもちろん、その場面。
「ああ、幸兵衛のお友達ですか」
ここから、仕込みを活かした新たなステージが始まるわけだ。

蔵前駕籠

浪士たちに襲われたら逃げていいから、吉原へやってくれという男。
裸になって駕籠に乗り込む。
これはまさにいただき。
ちゃんとこの部分が重要である証拠に、ここを描くフレーズがあるのだ。「女郎買いの決死隊だね」。

雛鍔

桃の節句なので、無理やり選んでみました。
途中、人情シーンの入るこの噺だが、ないバージョンもある。
人情がひと区切りして、金坊が「こんなものひろった」と歌いながら入ってくるのが「いただき」。

いくらでも続けられるのだが、いったん締めます。
これで1年越しの決着。

中断してる「昔ながらのオチの分類」も締めないとな。

作成者: でっち定吉

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