落語のおもしろ要素を解析してみる(中)

共感

とりあえず、しりとりのように、先に出た要素について順繰りに見ていこうか。
昨日の「立場の逆転」から、今度は「共感」について。

共感については、登場人物から滲み出してくるものを考える前に、演者と客の共感から始めたい。
演者と客は、同じ目的を目指して一緒に同じ方向を目指したいものである。
錦鯉なんてバカおじさん漫才も、客がどんどんハゲのおじさんに慣れるたびに人気が上がっていった。今や、幼児性を持ったおじさんが笑点の演芸コーナーでもバカウケするんだからすごいものだ。
いっぽう、客に嫌われることを平気でするダメ芸人も多い。立川流とか。
政治について、しかも偏り激しい立ち位置から語りすぎることで、ごく少数を除いた客以外の共感を失うことに、無頓着でありすぎる。
政治だって、上手に語れば全然いいのだけど。
これは現在、桂宮治師だけが上手い。たい平師も一之輔師も、政治ネタはよくないね。

やっぱりアタシは、徹底して敵を作らない柳家喬太郎師がいちばん好きだなあ。
客席が一瞬変な空気になりそうだと、「怒ってますか?」と入れて元に戻してしまう。

芸人の話はいつもしてるから控えめに。落語のネタに戻す。
登場人物に客が共感を覚えると、おかしみになる。
私のように与太郎に共感を覚える人は変わっているかもしれないが、昨日取り上げた、侍に逆襲する町人にだったら誰でも共感すると思うのだ。
「締め込み」「堪忍袋」の夫婦喧嘩や、「宮戸川」の若いカップルの初々しさに共感する人も多いだろう。
「井戸の茶碗」「柳田格之進」の清廉潔白の侍に共感してもいい。
「五人廻し」で花魁が来ないなんてのはやや難しいが、それでもなんとかなるところ。
「明烏」で女に目覚める若旦那もいい。
「らくだ」で暴力におびえるくず屋、あ、これは少し違うかも。

「共感」が笑いの要素になるストーリーを思い出した。
落語そのものではなくて、マンガの「寄席芸人伝」から「雛鍔文七」

廓噺への共感なんて、女性はどう思うかな。
共感だけでは噺は作れないが、共感がないとダメなのかというと、そうでもない。
というわけで、次に「ミラクル」に続く。

ミラクル

ミラクル、なんだそりゃ。まあ、私だって今言葉を思いついたんだけど。
談志の唱えた「イリュージョン」に近いと思う。ミラクルを突き詰めたのがイリュージョンでは。
落語というものを、平和な要素で満ち溢れたものとしてとらえるのではなく、ぶっ飛んだ登場人物のぶっ飛んだおかしさを描くものと捉える。
まったく違う側面だが、これも落語だ。

ミラクルは、粗忽ものに多いイメージ。

  • 粗忽長屋
  • 粗忽の使者
  • 堀の内
  • 松曳き
  • 天狗さし

並べるだけで楽しいな。
粗忽ものには分類されないが、オウム返しの失敗のうち重篤な「阿弥陀池」(東京では「新聞記事」)あたりも入れてみたくなる。
あと、「火焔太鼓」と「野ざらし」「湯屋番」も。
これらの作品には、共感はさしていらない。むしろ、人死にをネタにする阿弥陀池なんて大嫌いと思われたりもする。
いかに自分と突き放された人物を、楽しく受け入れるかというものだ。
でも、難しい噺が多い。やはり共感という武器を最初から使えないのがハンディになるみたい。
野ざらし、湯屋番というひとりキチガイ噺が徐々にすたれた理由も、並べてみると理解できる。
ミラクルに共感という、相反する要素を入れてくるのが、隅田川馬石師では。

共感がなくても、世の秩序を裏切る存在はやはり楽しい。破壊力も強い。
コントなど、お笑いの世界でもこの分野は大人気だ。ミラクルな登場人物が日常に紛れ込んでくることで、笑いが生まれる。
今度は、秩序からズレていく点に着目して、「ズレ」について。

ズレ

ズレ、はミラクルの程度の低いもの。
つまり、程度の小さい順にこうなる。

  • ズレ
  • ミラクル
  • イリュージョン(談志いわく)

そして、この各段階をつなぐのが、私がよく新作落語で例に挙げている「飛躍」だと思う。飛躍は今日は説明しません。

派手なミラクルに比べるとズレは当然地味なのだが、これの地味さこそ、あるいは落語らしさの根源かもしれない。

ちなみに、古典落語をみんな先刻知っていることを利用して、噺そのものをズラしてくる卑怯な演者もいる。
最近一押しの柳家小ふねさんとか。
ベテランでも、ごくさりげなくこんな手法を使う人もいますがね。

落語の噺におけるズレというと、まず与太郎かな。かぼちゃ屋が典型例。
与太郎がいかに偉大な発明かは、かつて書いた。東京落語の発明のため、上方にはいない。

愛すべき与太郎は、時には世間の常識をひっくり返してしまうのだが、本人としてはなんの作為もない。
作為がない点が、上方のエース喜六との大きな違いなのだ。

「売ってやったんだからありがとうぐらい言え」
「どういたしまして」
「人ので間に合わすな」

これが、ズレである。ズレはしばしば、ツッコミをもたらすのだった。
与太郎に結構近いのが、かみさんの尻に敷かれる甚兵衛さん。上方では貫禄ある隠居っぽい人の名前なので、まるで違う。
甚兵衛さんは、世の中の動きにそれほど関心がない人らしい。

動物もズレになる。
人間の世界がよくわからない元犬のシロが典型例。
人間になったシロを描写するとズレが拡大しすぎるのだが、噺のほうで「変わった奉公人の好きなご隠居がいる」というフックが仕掛けてある。
よく考えると、シロの行動全てがこれで許されるわけで、すごい仕掛けであるな。

たぬきも当然ズレになるし、あとは無筆とか。

続きの要素が思いつきませんが、明日に続きます
あと1日では回収できない気がしてきたのだが、ダラダラ伸ばしはしません。

 
 

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。