神田連雀亭ワンコイン寄席51(下・吉原馬雀「対策は合言葉」)

志の輔師みたいなスターを批判すると嫌がられるだろう。
でも弟子が、自分の仕事で師匠の都合に合わせられない状態で、それでもなおトリを放棄するなんて。
師匠の指示でないとしても、弟子にこんなことをさせちゃいかんと思う。
天歌時代の馬雀さんが、師匠の襲名披露の頃言いつけでもって、しばらく自分の仕事をさせてもらえなかった過去を思い出す。そのくせ生活の面倒は見ないという。

あお馬さんがトリのおかげで満足はしたけど。

さてお目当ての馬雀さん。名が変わってからは初めて。
黒紋付だが、なにか思うところあるものか。でも裁判のことなど語らない。
かつてコールセンターに勤めていたとき、年配の女性から問い合わせがあった。私のパソコンにウィルスを入れてください。
慌てちゃいけませんと本編へ。

母親に、買い物を頼まれた息子。ペットボトルの水が今日は安いのよ。
頼まれた水をかついで久々に実家に行くと、なんとウォーターサーバーと浄水器が導入されている。
水要らないじゃないか。
いいのよ安いんだからと母親。母はひとがよすぎて、色々売りつけられるのだ。
このままじゃ騙されると不安になる息子。実際、福山雅治からのメールに応じて振り込んでしまっている。たまたま少額被害で済んだが。
よし、オレオレ詐欺に騙されないよう合言葉を決めよう。
偽の息子から電話があっても合言葉を言わせれば大丈夫。
母さんの好きな食べ物、父さんの生年月日、母さんの嫌いな食べ物を息子に言わせるんだ。
そうしたら、母一人のときにニセ息子から詐欺の電話が。
母親は気づかない。合言葉のことは思い出したが、自分からヒントを与えてしまう。

実に面白かった。「無限しりとり」以来の満足。
噺の作り方で似た人が、いそうでいない。比較的近いのが、三遊亭ふう丈さんか。
ふう丈さんの作る噺とは、日常が舞台であるという点において近い。日常からはみ出すことはない。
だがはみ出さないと落語として成立しにくいので、飛躍を入れていくのが常道。
馬雀さんは、平板な世界にアクセントを加えるのではなく、深掘りして飛躍することを試みる。
オレオレ詐欺は非日常だが、落語の世界ではまあまあ日常。
この日常をぶち壊すために、あえて特殊な状況をぶっつけるのが、普通の新作落語だと思う。それが悪いというのではないけれど。
馬雀さんは逆に、世界の芯に向かっていく。すでに提示された「人のいいお母さん」を深く掘り下げて、お母さん自身から噺のアクションを引き出すのだ。
お母さんは可愛い息子から、会社の金を無くしたと泣きつかれ、もう助けてやりたくて仕方ない。なので、せっかく作った合言葉にどんどんヒントを与えてしまう。
この場面、客として、いったいどうなるのかなんともスリリングであった。別の登場人物にハラハラさせるのでなく、客にハラハラさせる手練れの創作。
そして人情噺じゃないのだけど、人情が漂っている。人情とは、息子の心配であり、母の愛情。

各地でやってる防犯落語でぜひ出してほしいものだ。あるいはそんな企画で委嘱されて作ったものか。

というわけで、吉原馬雀、長い休養があったけども、落語の腕はまったく落ちていないし、パワーアップしている。
落語協会の新作派に名を連ねて、池袋の新作まつりやプークにも出られそう。
だから大丈夫だ。鬼丸なんかに邪魔されない世界で今後も活躍できる。
結果として、辛い経験が噺に深みを与えたことは事実のようだ。こんな陳腐なもの言いで、彼の人生の苦難を軽々しく肯定したくはないけれど。

個人的には、名前が名前だけに廓噺もやって欲しいけれども。廓が舞台の新作なんてどうですか。

トリは柳家あお馬さん。落語協会の二ツ目香盤では真ん中にいる。
急遽出番が変わってトリになりました。なので、予定してた噺も変えようと思います。
持ち時間20分なんですけども、ちょっと大きな噺を、ぐっと縮めて。
フルサイズでやったら昼席が始まる時間になっちゃいますからね。
と断って、井戸の茶碗。

ちなみに、23分ぐらいに縮めていた。芸協の寄席だったらトリの持ち時間なんで、やたらと短いわけではない。
面体改めと架空の仇討をカットしていた。そして、井戸の茶碗が発見されてからは駆け足。
首がゴロン、おのれくず屋のくだりを描くと、この噺は面白いのだった。

前回は先人のクスグリを忠実に入れすぎるスタンプカード芸でくたびれたのだが、見事な編集達者。
そしてやはりこの人上手い。声もいいし、セリフの音量の大小も、かなり広め。
客をノセるのが上手い。
私の大好きな小せん師の弟子だが、個性は大幅に違って、勢いのある人。
よく聴く噺から新たな魅力が生み出されたというわけではないけれど、話芸として耳を預けているだけでいい気持ちになる。

結果として、実に晴れやかな気持ちで神田連雀亭を後にしたのでした。

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作成者: でっち定吉

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2件のコメント

  1. 引用 「結果として、辛い経験が噺に深みを与えたことは事実のようだ。こんな陳腐なもの言いで、彼の人生の苦難を軽々しく肯定したくはないけれど。」

    冷静さとの中に応援する気持ちもそこはかとなく感じられます。素敵な表現ですね。勉強させて頂きました。

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