亀戸梅屋敷寄席12(下・三遊亭竜楽「そば清」)

今回も、やはり一番よかったのが、クイツキの三遊亭竜楽師。
円楽党のみならず、落語界全体を見回しても、好きな筆頭の師匠である。
当ブログの「カテゴリ一覧」の下に、「キーワードいろいろ」と銘打ったタグクラウドが設置されている。
このタグの中で、一番文字が大きいのが竜楽師の名前。それだけよく聴いているのだ。
海外公演の多い、やや特殊な立ち位置の師匠だが、亀戸のような場があるおかげでたびたび聴くことができていてありがたい。
そしてたびたび通っていても、絶対に外れることがないという奇跡の師匠。
しかも、感涙の人情噺から爆笑ものまでレパートリーが実に広く、通っていても演目がそうそう被らないのもすごい。
師匠の「そば清」も初めてだ。

黒紋付の多い竜楽師だが、今日は羽織だけ黒。
暑くなって大変ですねと。ここは駅から意外と遠くて、まともに陽を浴びたりしますから。
真打たるもの、家を出るとき天気を見て、その日掛ける噺を3つぐらいは考えておくものだと。
とはいえ、両国など出れば演者が多い。すでに出た噺とツく噺を含めると、できない噺が多い。
3つ考えておいても全部ダメなんていうのはザラなのだと。だが今日は大丈夫。
おそばの噺は、あまり寒い時季にやってもいけないんですよと。時そばではなくそば清らしいことはうかがえる。
上方の噺家が東京に来て、お揚げの入ったそば、つまり「たぬき」を食べたかったのだが、想定外の「うどんかそばか」を訊かれ、さらに想定しない変なおそばが出てきたというエピソードを振って、そば清。
竜楽師に対する私のイメージの中にはない噺だったが、これがまたしても絶品でありました。

そば清さんのそばの食いっぷり、実に綺麗である。この噺の所作で、こう感じたのは初めてのこと。
無駄話をしながら、ズルっズルっとそばを手繰っていく所作にまったく無駄がなく、見惚れてしまう。当然のように中手が飛んでいた。
そばを手繰るリズムにもシンコペーションが付くのがアクセント。
そして高い声で「どうもおー」と言ってそば屋に入ってくる清さんに、先日聴いた「青菜」のご隠居を連想してしまった。
身ぎれいで、洒脱な人だという点が共通している。
なぜか人情も感じる。どこを切ってもまったくの滑稽噺なのに、いったいどこに人情があるのか?
自分なりに探してみると、そば屋に集う若い衆たちの感情の動きについてらしい。
なにも、そのような部分、竜楽師が強調しているわけではない。だが噺を立体的にする過程において大変貢献している、見逃せないシーン。

そば勝負は通常50枚だが、竜楽師の場合は60枚。なんでも清さん、50は噂ではすでに食べたことがあるらしく、それを聴いた若い衆たちは、40枚に負けた後、60枚で勝負を挑む。
いったん勝負を避けた後、旅に出る清さん。
「うわばみに飲まれる猟師」という、現実にあり得ないシーンが、妙にリアル。
マンガの造型をリアルに描写してなにが残るというのか? でも、これがちゃんと画として聴き手の脳裏に残るから凄い。
私の中で、竜楽師にそば清のイメージがなかったのもうなずける。細かいリアリティに味がある師匠だから。
だがマンガみたいなこの噺の、細かい部分のリアリティを丁寧にすくいあげ、違和感なくまとめてしまう見事な腕。

そば勝負の場面で、59枚まで食べて、あと1枚が入らず、外の風に当たりたい清さん。
通常の演出だとここはごまかしているのだが、食いすぎて動けない清さん、歩けるわけはない。だから竜楽師の場合、清さんを若い衆たちが縁側へ引きずっていく。新鮮な驚き。
引きずりながら、「着物が傷むけど悪く思うなよ」と声を掛けている。
いちいちびっくりさせられる。演者の気になる細かいシーンを肉付けしていくと、しばしば説明過剰落語になりかねない。
だが竜楽師から説明過剰を感じたことなどただの一度もない。
すべてのシーンに意味があるからだろう。つまり、そばで腹がふくれてしまい引きずられる清さんの画、脳裏に浮かぶととても面白いのである。

サゲは古い形で、まったくヒントなく「そばが羽織着てら」。
噺のリアリティを追いかける人なら、考えオチをなんとかしようと工夫を凝らす気がする。
でも、それはしないで粋なサゲ。

今回も高パフォーマンスで満足度の高い、亀戸梅屋敷寄席でありました。

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作成者: でっち定吉

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