池袋演芸場40 その6(柳家喬太郎「ハンバーグができるまで」)

今年はありがたいことに、喬太郎師を4回、8席聴いている。
ただ寄席では初めて。
ディープな池袋では、釈台の説明は省略。

喬太郎師は、人情喜劇「ハンバーグができるまで」に決めてたみたい。
ピュアな男の心情を、エキセントリックな商店主たちの起こすたっぷりの笑いで包んだ噺。

おかげさまで全国から呼んでいただきますが、だいたい日帰りです。北海道、九州、沖縄まで日帰りのことがありますね。
先日、朝早く空港に行くため、やむなくラッシュ時の電車に乗りました。大きな荷物を抱えて。
遊びに行くんだと思われてるんだろうなあと。仕事なんですけど。
あの、今私仕事中なんですよ。そうは見えないかもしれませんが。

寄席がありますとね、家を規則正しく出ますよ。
今日はね、別の仕事(落語教育委員会)があったのでわりと早く出ましたけども、10日間寄席に入るとだいたい同じ時間に家を出ますね。
夕暮れどきのスーパー、買い物をしている喬太郎師を、関係ないおばさまが遠巻きに「仕事してないんじゃないかしら」と語る被害妄想から、本編。

お約束のセリフも入る。

  • こういう入り方をしたところを見ると古典じゃないな(肉屋のサイトウ)
  • なんで古典にしなかったのかしら。井戸の茶碗やろうと思ったのよね(スーパーイズミのオーナー)

ハンバーグができるまでは名作。散々笑わされた上に、最後に深い情緒が漂う。
だが私、3か月前に聴いたばかりなので、家内ほど喜んだわけでもない。
しかしなんと、当時と構成が変わっていたので驚いた。喬太郎師、一から練り上げたらしいのだ。
ハンバーグだけに。
最近の喬太郎師、作り続けてもいるいっぽう、昔の作品をブラッシュアップしたいみたい。
ここが変わっていた。

  • 主人公マモルが、別れたかみさん、サトミに対しずいぶん素直。あまりもったい付けず、ストレートに心境を吐露する
  • ハンバーグも、心の底から旨いと言っている
  • 「私たち、なにか決定的に嫌い合って別れたわけじゃない」というセリフが、マモルからサトミに移っていた
  • サトミと商店主たちのセリフが増えていた

今までのマモルちゃんは、かなり自分の世界に閉じこもって現実を見ていない男。
ところがいきなりやってきた元妻のほうから、憎しみあった離婚でないことが語られる。この構造変革は大きい気がする。
関係性は、丸っきりマモルのひとりよがりではないのだ。とはいえ、元妻と見ている景色がまるで違うのは悲劇。
サトミも、マモルに幸せになって欲しいと心から願っている。しかしそのために必要なパーツが、自分ひとりだけとは。

「ハンバーグができるまで」は、大人になれない男を等身大でいとおしむ噺だと思う。
大人でないので、料理を待ちながらワインを楽しむことはできない。でも甘い赤玉だったらOK。
大人になれない事実を、この噺の世界がまるで許容するわけではない。許容しているのは商店街の3人だけである。
実際、かみさんが戻ってくるという期待は裏切られて終わる。大人じゃないからだ。
マモルは、ニンジンが食べられない部分に現れるとおり、大人として根本的な部分に欠落を抱えている。それが離婚にもつながった。

いっぽう当代随一の人気者、落語界の頂点に立つ喬太郎師だが、還暦を超えていながらこの、「大人としての欠落」への自覚を濃厚に抱えているように見える。
今年聴いた「おせつ徳三郎」の冒頭でも師は、ちゃんとした大人になれないと語っていた。この噺ではちゃんとした大人の代表、刀屋が登場するのに。
マモルちゃんは師の分身。たまたま成功した師の裏側にいる、もうひとりの冴えない自分らしい。
師は、成功したのは当たり前と思う傲慢な人ではないのだ。
冴えない人だからこそ、いとおしい。
ニンジン食えば大人になれたのに。でも、ニンジンをずっと食べられなかったのがこの人の限界。

(こんなところで取り上げて申しわけないが)弟子がすぐにやめてしまったあたりに、喬太郎師の悩みが現れている気がする。
弟子を育てられないある種ダメな大人自身に、師はじっくり向き合っている。
そしてこの悩みが、噺を立体的にする。
もっとも、弟子をちゃんと育てている扇遊師あたりにも、「大人としての欠落と、それに対する自覚」はきっとあると思うのだけど。
たまに感じるし。

いささか話が拡大しすぎた。

今まで聴いたマモルちゃんは、やってきたかみさんに本心を完全に吐露できていなかったと思った。
どこかにカッコつけた告白で、それはハタから眺めても滑稽で。
だが、ずいぶん真摯になっていた気がする。
素直になるということは、子供の感性の現れではないのだ。むしろ逆で、これがニンジンを食べてみようにつながる。

決死の告白は、元妻が結婚するのと言ったことでポシャってしまう。
この作品、今後この後のくだりがさらに変わる可能性がある、そう思う。いい悪いではなくて。
告白が届かなかったあと、マモルちゃんは元妻に急に冷たいからだ。また子供に戻ってしまった。
しかし子供に戻ったマモルちゃんだと、ニンジンはきっと捨ててしまうと思う。
だから、変わらなきゃ、自分がどこでしくじったか遡らなきゃ、そんな気持ちがあるはずなのだ。

大満足の池袋。
やっぱり寄席はいいし、そして池袋はつくづくいいなと思います。

(その1に戻る)

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