池袋演芸場は、女性がお手洗いに並んでいても仲入り休憩を終えて後半始めちゃう。少々無慈悲だ。
鈴本だったら列が解消するまで待つし、その旨アナウンスもしますがね。
クイツキは主任の弟弟子、やなぎ師。
相変わらず、「かもめはかもめと同じアクセントです」と自己紹介してる。
でも本当は「柳家やなぎ」と「かもめはかもめ」はアクセント違う。「かもめ家かもめ」という架空の噺家なら一緒だが。
以前書いたが、「鏡よ鏡」だったら、ご本人の言う「柳家やなぎ」と同じだと思います。
「やなぎ」は植物と同様、平板に読む。なので「柳家わさび」とは異なる。「松鶴家千とせ」と同じ。
ま、定番挨拶にケチ付けたいわけではない。
この日は新作で「偽り家族」。演題は調べたらすぐわかった。
やなぎ師、頻度から言うとたぶん古典のほうが多いはずだけども、それほど遭遇していない新作の出来が圧倒的にいい気がする。
新作のほうが、スムーズにふざけやすいみたい。
「さよならたっくん」と同様、すばらしい作品でした。
描く世界に隙がないというか。
あり得ない世界を軽々と描くのが得意といえばいいか。
電車に乗って府中に帰ってくるサラリーマン。
悩みを抱えている様子。家族に言えないことがあるのだ。
犬のポチが迎えてくれる。ポチに励まされ(笑)、ついに意を決して話をすることに。
だが、先に妻のほうが秘密を明かしてくる。そして、息子も秘密を抱えていた。
主人公の悩みは大きな勘違いによるもので、そもそも悩むべきものでもなかった。
地方から上京して念願のマイホームを建てたため、土地勘がなく誤解をしただけ。
息子の秘密が一番大きいのだが、これをサラッと出してくるあたりが手練れである。
息子の秘密に匹敵する、衝撃のオチもついている。
まあ、ウケたウケた。
どうでもいいのだが、越中島って東京駅の隣じゃないな、とは思った。八丁堀の次。
ネタバレを避けると、このぐらいしか書けないな。
もっとも、二度目を聴いても全然楽しめそうだが。
というわけで、後半急に新作が増えるのだった。
まあ夜席だと、やりたい同系統の古典はすでに出ていることも多い、そんな事情もあるのでしょう。
ヒザ前は入船亭扇遊師。
当席は喬太郎さんの主任で。古典と新作両方出してますね。
小ゑんさんね、私と同期ですよ。しかも同じ年です。花のニッパチです。昭和28年。
あの人のほうが全然若く見えるでしょう。楽屋で話しててもね、若いんですよ。
まあ確かに、機械音痴で携帯(スマホではなくて)すら持たない扇遊師と、パソコン得意の小ゑん師ではだいぶ違う。
修業時代は、扇遊師も目白で一緒に住み込み修業をしていた。
扇遊師は、たらちね。入船亭だからたらちめだ。
入船亭では高頻度で掛かる噺。
私も、たらちめの長い言い立て覚えたのだが、これはうっかりするとすぐ出てこなくなる。
現場で遭遇したのは初めてかも知れないが、音源では繰り返し聴いた。
何度聴いても楽しい噺であり、楽しい語り。
ところが驚いた。
長い名前のくだりだけカット。
あと全部あるのに。
偕老同穴の契りも、あーら我が君も、おのこやおのこも。サゲは「酔ってくだんのごとし」だし。
お嫁さんの自己紹介だけがないのだ。
時間を計った上で、こんなやり方があるとは。かなり衝撃を受けた。
たらちねって、長い名前の噺でしょ? そのメイン・テーマを丸々カットして、しかも実に自然。
お嫁さんの、言葉の丁寧っぷりは完全に描かれている。
そうか。この噺の長い名前って、このあと二次利用しないからな。寿限無の名前はカットできないが、たらちねだとできるのだ。
扇遊師の言い立てに合わせ、ぶつぶつつぶやきたかった気もするが(もちろん本当に声を出したりはしない)、でもいいものを聴いた。
ヒザ前が上手い人は名人である。
ヒザは仙四郎・仙成。
五階茶碗は非常に盛り上がっておりました。
釈台が出てきて、いよいよトリの喬太郎師。