堀船せんべえ寄席(下・金原亭馬久「富士詣り」)

仲入り休憩は、窓を開け放して万全の対策。

金原亭馬久「富士詣り」

続いて金原亭馬久さん。この人も1年ぶりだ。
先に出た二人について、(時計を見て)久々なので喋りたくて仕方ないんですよと。
コロナで仕事がないのでみな稽古してますが、上手くなった人はいませんと。
久し振りで下手だと申しわけないです。やっぱりお客さんの前でやっていないとダメだって。
今年は出しそびれてしまいがちなので、夏の噺をやりたいと馬久さん。
なんだろうと思ったらなんと「富士詣り」。レアものである。
こんなの一体誰に教わるのか。レアな噺を堂々と語る馬久さん。
割と軽めの噺でもある。もちろん、あえてだろう。
ちなみにWikipediaの馬久さんの記事に、昨年富士登山をしたと書いてある。そもそも百科事典に載せる情報じゃないけど、これも落語のためだったのだろうか。

講を組んでの、信心としての富士登山、これは「大山詣り」でおなじみ。
山中で天気が急激に変わる。山の神が怒っているのだ。
天狗に襲われないよう、懺悔を始める講の連中。
湯屋での盗みを白状するやつ、それから人のかみさんに手を出しかけたやつ。
後半は艶笑噺になる。
この艶笑部分がすばらしい。人のかみさんの膝小僧が見える。裾を口で吹いて、ついでにつねって。
かみさんのほうもノッてくる。
思わずムズムズするね。
客はムズムズするが、なのにまったくいやらしくない。演者の肚に、照れる部分が一切ないからだと思うのだ。

先日、古今亭志ん吉さんの、馬久夫妻を織り込んだ厩火事を聴いた。
そのマクラで志ん吉さん、私も今年はさがみはらの優勝が狙えるのだが、春風亭一花さん(馬久夫人)が強敵だと言っていた。結局大会は中止になったが。
いっぽう馬久さんのほうは予選落ちしたのであった。
もちろん一花さんも素晴らしいが、この日の一席で、旦那の達者振りを再認識。
この先、馬久さんが飛躍的に伸びることまで確信した。
この日の一番の高座。

入船亭遊京「船徳」

トリは入船亭遊京さん。この人は1年半ぶり。
前回は、本厚木で聴いた。

あつぎ青春劇場落語会の入船亭遊京
旧Yahoo!ブログから引っ越してきた記事のため、移して以降の個別アクセスが5件しかない。
検索では引っかかるから、ロボットは来ているのだろうだけど。鼻から息をする方々もぜひお越しください。(_ _)

メガネを外すと男前。
マクラは手短に、大ネタの船徳に入る。またしても夏の噺。
入船亭に船徳はピッタリな気がするのだが、この一門から聴いたことはない噺。遊京さんの師匠、扇遊師からも聴いたことはない。
この噺も8月いっぱいがいいところ。季節を先取りするのが粋な落語界では、9月になるともう野暮な感じ。
若旦那が船頭になりたいくだりがやや短い程度で、フルバージョン。

遊京さんのスタイル、自分で作ったクスグリなど入れないのに、なにか工夫をしているように映る。
その秘訣に迫ってみる。ちょっとわかった気がする。
先人から引き継いだクスグリは、できるだけあっさりとやるのが遊京流。
「ちっとも知らなかった」というのは、船徳のウケどころ(それも予定調和的な)のひとつだが、遊京さんはこれを全然強調しない。そもそも、「ちっとも」と言わない。
実に興味深い。落語をよく知る客が安心して笑えるセリフにすら頼らないのだ。
盛り上がりをあえて作らず、できるだけフラットにする。
聴きやすく、結果的にトータルで楽しい高座にするわけだ。引き算の美学というか。
もちろん自信がないととてもできない。細かい部分の楽しさがないと、つるんとした台本素読みのような高座になる。
遊京さんは、自分の将来設計をちゃんとしている人なのだと思うのだ。
噺そのものが面白いのだから、ちゃんと語ればそれで楽しい。滑稽噺なのに、笑いすら彼の目的にはない。
そして、ちゃんと語っているその行間に、じわじわ味が出てくる。
船徳はたぶんやらない、師匠・扇遊の語りが、遊京さんのうしろに聴こえてきた。
遊京さんも師匠のようになっていくのでしょう。

最後に、私服に着替えた他のメンバーも再登場。
扇兵衛さんが、締めにふさわしい噺をありがとうと遊京さんに言葉を掛ける。
再登場は、お見送りができないので、ここで失礼しますという意味。
高座に芸人を残して、客が退席するという珍しい場面である。
1階、無人の受付には募金用にザルが置かれている。「富士詣り」の湯屋みたいなシチュエーションだ。

それぞれ1年以上聴いていない二ツ目さんの現状がわかったので、個人的にもいい会でした。
扇兵衛さんにはリベンジを期待します。

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抜け雀/船徳

作成者: でっち定吉

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