ざま昼席落語会3(下・橘家圓太郎「厩火事」)

ざま昼席落語会(扇遊・圓太郎二人会)に戻ります。

トリの扇遊師も、圓太郎師のマクラ面白かったですねと言ってた。身につまされますなだって。
別に落語に、笑いを求めて来ているわけではない。それにしても、果てしない面白さの圓太郎師。
ただ落語の高座、笑わせすぎるのが絶対にいいとも限らない。確実に反作用(疲れる)を残していくからだ。
なのに圓太郎師、爆笑をスっと消して本編、厩火事に移っていったからさすが。
本編が、マクラに妨げられるということも一切なかった。
圓太郎師は、口調、特にセリフまわしは独特のものだが、意外と語り口は穏やかなのだ。そのおかげみたい。

厩火事、サゲがなんだし、滅びていく噺だと思っていたら、ここに来てむしろ盛り返してきた気がする。もちろん、盛り返す高座は価値が高く、楽しいものが多い。
厩火事、難しいだろうなと思うのは、噺の骨格が非常にマジなこと。
孔子と麹町の旦那の逸話も、笑いなんてない。夫婦関係のもめ事仲裁でも、風呂敷とは構造がまるで違う。
そうすると、お咲さんをファンキーに描くぐらいしか笑いはないのだが、やりすぎると仲人の旦那だけでなくて、客もうんざりしたりして。
かといって、人情一本に頼るほど強い噺でもない。

圓太郎師はどうするか。軽いギャグを入れていく。
「(白馬について)新さんもやるんですよ。夏は飲みませんけど、寒いときはこれが一番だってんで」
「どぶろくじゃないよ。本物の馬だよ」
「あ、ホース」
「なんでそんなことは知ってるんだ」

これだってやりすぎると壊れるわけで、絶妙なバランスに乗っている。
よく考えたら、圓太郎師の独特の口調の効果である。
結果、噺のベースにある緊迫感と、適度なギャグが絶妙の仕上がりを見せる。客がお咲さんにうんざりするなんてこともなく。
わりと多面的に解釈できるお咲さんは、さまざまな角度から共感して見てもらえることだろう。

紋切り型のクスグリしか入れられない噺だが、どんなときでも圓太郎師は面白い。
もろこしや麹町の猿も、しっかり通常通りにボケてみせるが、あの口調のため、やたら面白い。

亭主の皿は、洗うというとってつけた理由付けはなく、戸棚から持ち出しいきなり割る。
麹町の話は過失だけど、お咲さんには故意の器物損壊を実行させるのだった。

よく掛かる噺だが、圓太郎師のものが、亭主がいちばんいいやつだった。
悪エピソードをことさらに描写してないのだ、牛肉じゃなくて刺し身ひと皿だし。
割といいやつなので、「お咲さん、あんなのと別れたほうがいい」という客のトリガーが発動しないのだ。
これからのスタンダードになりそうなかたち。

仲入り休憩は、短めだった気がする。圓太郎師のマクラが長くなったのでしょう。

幕が開いて再度の圓太郎師。
今度は当然ながら、手短に。演目は桃太郎。
別に変ったことはしないストレートな展開なのに、バカウケ。
開演中普通に声を出してた後ろの子供も、喜んだんじゃないかと思う。

桃太郎というのも演者を選ぶ噺だなと思う。結構やりがちなのが、金坊がただの嫌味な子供になるという。
圓太郎師はそんなことにはならない。あの口調がものを言うようである。
登場人物、特に子供がわざとらしい造形になって、嫌味を帳消しにしてしまうのである。
でも客の脳裏には、わざとらしさはまるで残っていないと思う。
橘家圓太郎61歳。世間はこの師匠の面白さをまだ発見していないのではないかと思うことがあります。

トリの扇遊師は、酒のマクラ(ニワトリ上戸等)を振って、試し酒。
「おなじ噺寄席」で、一緒に出た桂吉弥師が稽古を付けてもらったと語っていた。この噺が出たわけじゃないが。
つい最近、吉弥師の試し酒をラジオで聴いたが、実に軽やかで気持ちいいものだった。
東京の師匠も無数にいるのに、扇遊師から教わる吉弥師のセンスが光る。

扇遊師の試し酒は、こんな一席。

  • 音楽を聴く楽しさ
  • 二人の旦那が鷹揚で、いやらしさ皆無
  • 大酒飲みの下男が、相手の旦那を悪く言ったりしない
  • 自分の旦那も一切悪く言わない

しつこくやればウケそうな部分はすべてスルー。
それどころか、酒の飲み方すらあえて強調してやらないものな。
ずっとこうしてきている師匠。
だが同業者すら、もうちょっと押せばいいのにと、扇遊師に思うところもあったのではないかと想像する。
だがブレずに芸道を極めているうちに、師の芸はいよいよ完成を見せた。ちゃんと、押さえた芸から爆発的な笑いも生み出されるのである。

落語は音楽と親和性が強いもの。
扇遊師の芸は、まさに音楽。師の高座に触れ、新たな引き出しが開いた。
今後の楽しみがまた増えてありがたい。

隣の夫婦が「今何杯目?」などと気軽に話をしているのがやや気にはなったが、
くつろぎすぎだろう。
まあでも、全体的にはいい客の揃うざま昼席落語会。
改装前にもう一度来ようかと。

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作成者: でっち定吉

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