柳家小せん勉強会鐙の会(中・八五郎出世その1)

金明竹を終えた小せん師、いったん下がるのかなと思ったらそのまま語りだす。
おなじみのところで。
このぐらいの人数が横に広がってますと、審査されてるみたいです。
私はこんなときこそきっちりやるほうでして。

真ん中のカーテンで仕切った細長い部屋だと、高座は長方形の短い辺に作るのが普通のはず。でも、長い辺に作っている。
その向かいに、2列に分かれた6人の客。
面白い使い方だ。

私はもっぱら古典落語です。
古典落語というものの多くは、江戸時代のお話ですね。登場人物は着物を着てまして、頭にはちょんまげを結ってます。
江戸時代は身分というものがありまして。なんだかお侍が威張ってます。
お殿さまは代々続いていますから、一応英才教育は受けてるんでしょうが、中にはポーッとした人もいたようで。
なにしろ「私が殿さまでいいか国民の皆さまに決めてもらう」なんて制度はないですから、最初から殿さまです。
ポーッとしたお殿さまの仕事は跡継ぎをこしらえることです。奥さまが男の子をお生みにならなければ、側室を設けます。
街へ出ますと駕籠から外を見て、「余はあの娘を好むぞ」。
で、殿さまのお駕籠は行ってしまうんですが、お付きのものがこの娘の周辺を調べまして。
町役人からも評判を聞き取りまして。この町役人はだいたい大家ですね。
そんなことで話をまとめて、側室に取り立てたりなんかしまして。
お世継ぎの男の子を生むと、なになにの方と「方」がつきます。こうなりますと食事もご正室と同じものが出たりしまして。

妾馬だ。小せん師は、「八五郎出世をいたします。八五郎出世、妾馬というお話です」と最後語っていたので、今日のタイトルは八五郎出世にした。
私もこっちの演題のほうが好きだが、タグは「妾馬」でつけておく。
今月も二ツ目の彦三さんから聴いたばかり。

実は決して、大好きなほうの噺でもなく。
「人情味の入る滑稽噺」は自分自身好みのドンピシャな気もするのだが。
なんだか乱暴者の八っつぁんがお屋敷で暴れまわるという骨格が、どう描いても紋切型になる気がして。

だが小せん師のもの、本当に面白かった。
笑える、という意味である。そして泣ける。
金明竹では楽しみつつも静かだった客が、声をあげて笑っていた。
完璧な、国内最高峰の妾馬、そう思った。本当だ。
大好きな小せん師とはいえ、ここまでの感動をもらえると思って夜中に高円寺まで来たわけでもなかった。

二ツ目時代の妾馬の音源を聴いたことはあり、ブログでも触れている。
その時点でもすばらしかったのだが、大幅にパワーアップしている。

この噺は骨格がすばらしいのに、いちいちつっかかる箇所が多いのだ。
三太夫さんのキャラであるとか。その前に、八五郎のボケが、演者によってはタチ悪く聞こえてきたりして。
そういったものを一掃すると、実に楽しい妾馬となる。
このトリミング技術こそ、小せん師の真骨頂。ユッケを生で食べるためにはトリミングが欠かせない。

まず八っつぁんが、終始七分ぐらいの力でやってるのがたまらない。
決して無理をしない。瞬間的に、客にとって嫌な奴に感じるシーンがまるでないのだ。
そしてワルノリもしない。全編通して八っつぁんの意図的なボケは、「井戸がある」に対する「なんか出る」だけではないかな。

緩い八っつぁんだから、冒頭のバクチのシーンからつっかかるところはまるでない。
もちろん大家の羽織袴がどの引き出しに入っているかを知っていても同様。
象徴的なのが、士分に取り立てられたらどうすると隠居に訊かれ、「かたき討ちがしたい」。
親父は病気で亡くなっただけなのに。
大家さんからばっさりやってやるなんて既存のボケ、一時的にウケたとしても、噺を傷つけると考えているのだろう。

面白いことに。
金明竹で脱いだ羽織を、八五郎が羽織を着るシーンでもって着直す。

「別に一度脱いだもの着ることないんですけど」とか言いながら。

高座の最中に羽織を着た人を見たのは、雲龍亭雨花(元・風子)についで二度目。
実にしっくりくる。

四角四面の重鎮、三太夫とのやり取りを強調する演者が多い。
文学的にはそれでいいのだろうけど、別に三太夫さん憎々しいひとではないので、エンタメ的にはマイナスになることもある。
やはり小せん師は、八五郎を対立させない。
八っつぁんはわけがわからなくて困っているだけで、別に面白いことやろうとしてるわけじゃないのだ。

つむりを下げい、と三太夫に叱られて、つむりがわからない八っつぁん。
なのに今度は上げる際、(おもてを上げいがわからなかったので)頭を上げいといわれる。
じゃ、最初から頭でいいじゃねえかと理屈でムッとしている。

なんだか筆が乗ってきたので、1日分作れるか不安だけども続きます。
幸い、記憶の散逸はないようだ。

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