柳家小せん勉強会鐙の会(下・八五郎出世その2)

思い出したのでちょっと戻る。
若い侍から三太夫に相手が代わり、「同道」を学習する八っつぁん。
そして「控えろ」と三太夫に二度目に言われ、「ここにいろってことですね」。
三太夫が受けて、「ようやく学習したようであるな」。
これは笑った。

ささは食べるかと八っつぁんに訊く殿さま。
貧乏してるけど笹っ葉は食べないね。
そうではない、酒を飲むかということじゃと三太夫。
ああ、酒だったら浴びるほうです。笹の葉食うかなんて中国の熊猫じゃあるまいし。

熊猫の入れ方が、現代ギャグにしては実にさりげない。

八っつぁんの前に酒肴が並ぶ。
殿さまに向かって、「これ全部俺の? こんなのしなくていいんだよ。こちとら江戸っ子で、塩舐めたって5合飲むんだから」。
このあと、「お互い苦しいんだから」。
これがボケのためのボケじゃなくて、本気で心配してるように聞こえたのである。八っつぁんのキャラにいかにブレがないかだ。
ボケを目的としたボケでないので、笑いの妨げになる要素がない。

ご老女さまがお酌をしてくれる。
「おばあさんすまないね」と八っつぁん。
三太夫さんが「おばあさんと言うやつがあるか。ご老女さまである」。
「おばあさんじゃねえですか。ほら、笑ってる」。
このあと八っつぁん考えて、「ご老女さまって、結局ばあさんじゃねえですか」。
つむり問題と同じく、やっぱり理屈で反論する八っつぁん。

空きっ腹で立て続けに酒をあおり、すぐ酔っぱらう八っつぁん。
大きな盃には蒔絵がほどこしてある。酒が入るとキラキラしてる。
八っつぁん、これさぞ嬉しかったろうなと思う。
こういう細かい部分も充実している。

お殿さまの付近はキラキラしてたが、ようやくここで焦点が合い、妹のおつるの姿も見出す八っつぁん。
最初からいたのかい? あんちゃんだよ。
思わず駆け寄ろうとして三太夫にきつく止められる。
八っつぁんも、ダメと言われて駆け付けられるようなものじゃないことはわかってるのだ。でも思わず体が動いちゃった。
それをとがめられたので、「俺はアニキじゃねえか。本来なら殿さまのほうから俺に頭下げなきゃいけねえとこだ」。
このセリフだって、本来的にそんなルールじゃないことぐらいわかってる八っつぁん。でも、いちいち止められるのでちょっと立腹。

一般的な妾馬と同様、おつるのセリフはひとつもない。
なのに、小せん師の描くおつるの方は、しっかりと存在感を持っている。後述。

ここから泣けるシーンになる。
なにしろ小せん師の八っつぁん、力の入れ具合が七分。
乱暴度合を下げたことでナチュラルな話題が漂い、そしてごくスムーズに泣きに移れる。
力が抜けているから、演者自身が泣かせてやろうなんて誘惑に駆られたりはしないのである。

八っつぁんは、時系列では描かれていない(大家が指示しているだけ)、おふくろとの会話を殿さまに再現する。
せっかくの初孫なのに、見ることもできない。情けないと。
この八っつぁんの語りに「非難」など一切混じっていないことは特筆に値する。身分差別を告発しようなんて噺にはしていない。
ただ殿さま、どうか物陰から孫を一目見させてやってくれませんかと。
この際、俺がだらしないんで内孫もいないんでねと内心を吐露するのは珍しい。

八っつぁん、ちょっと湿っぽいことを語ったと反省し、再度残りの酒を飲みほして明るくふるまう。
そしておつるに優しく、お世取り産んだからって威張っちゃいけねえぞと。
ぜんぶ殿さまのおかげなんだからな。皆さんにかわいがってもらえ。
そして三太夫やご老女さまに向かって、うちのおつるをくれぐれもお願いしますと頭を下げる。
いいねえ、これ。寅さんみたい。
八っつぁんにそっぽをぶたれたりして散々だった三太夫にも、おつるのことを八っつぁん頼んでいる。
三太夫が悪役で終わらず、モブキャラでもない扱い。

最後に都々逸を披露する。
殿さまに「ようよう」とは言わせない。「すばらしいのお」とか。

美声の持ち主小せん師が、都々逸の最後のひと節をうなるのはまったくもってすばらしく。
もっとうなったっていいのだが、自分の力量披露のためにそんなことする人ではない。

小せん師の見事な八五郎出世、思い出しつつ筆を走らせ、再度いい気持ち。
1日分のネタ、たっぷり拾えた。
普通の妾馬とやっぱり違うんですよ。
八っつぁんのテンション、ものごとの理解のしよう、失礼な口をきいていいギリギリの線、ことごとく。

小せんもちろん上手いのだけど、もっと大衆的な人気も得られますように。
そう願ってやまない。
こんな面白い噺家、なかなかいないですから。

大満足の夜の高円寺。

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