野球シーズン終了後は、ラジオは落語の季節。
無料落語大好きの私にとってありがたいことに、TBSの「らんまんラジオ寄席」の公開録音が当たりました。
たまに応募していたのだけど、今回は家族を無視して1枚分だけ希望を出したら当たった。
顔付けなど一切知らず応募したのだが、届いたハガキを見るとトリは大好きな柳亭小燕枝師匠である。わお。
その他の師匠も渋い。
山口君と竹田君って、コントだけど。ラジオでコントを堂々と流すすごい番組。
11月11日、日曜日。赤坂TBSへ。
2回分の収録だそうだ。仲入り前後で、11月25日と12月2日の放送。
スタジオというのは、普通にオフィス内にあって本当に関係者しか入れないところだ。臨時のパスをもらって通行する。
整理番号からすると130人くらい入っているようだ。広くはないスタジオ、ギュウギュウである。
そして美酒爛漫の樽やポスターだらけ。
らんまん寄席のサイトでは、20名に当たるとあるんだけど、あとは美酒爛漫の会員に配っているようだ。私もまた来たいので会員登録しました。
赤荻歩アナが、放送の司会だけでなく収録の進行も務める。前説めいたこともやる。
放送されない、自分の奥さんのネタであるとか喋って客をくつろがせる。
ネタは、プログラムには書いていない。
登場直前に赤荻アナが演者を紹介して、初めて演目を知る。
立派なメクリもちゃんと用意されている。
パイプ椅子だが、最近よくある座り心地のいいもの。ただ、横が狭い。
小はだ / たらちね(放送なし)
風藤松原
山口君と竹田君
小文治 / 片棒
(仲入り)
鯉橋 / 時そば
京太・ゆめ子
小燕枝 / 権助提灯
柳家小はだ「たらちね」
まず前座の柳家小はださんが一席やって、客をあっためる。
前の週、国立でこの前座さんが高座返しを務めるのを見かけた。
2017年の鈴本で聴いているはずなのだが、当時の高座についてはなんら書き残していない。
腕が上がったものと思われる。
兄弟子の小はぜさんと同様、達者な人だ。前座のうちから、落語を歌として聴かせられる貴重な人。
デキる前座さんはこうした脇の仕事が多くなるので、寄席でなかなか巡り合わないということもある。
柳家の典型的なスタイルのたらちねではない。どこから来ているのか?
私の覚えているものと言い立てが違う。父は安藤慶三ではなく、佐藤慶三。母が3年妊娠せず、子なくして去るしかないところで懐胎したという説明が入っている。娘は清女ではなく千代女。
ごくまれに聴く言い立て。
表題は「たらちね」なのに、噺の中では「たらちめ」。垂乳根ではなく垂乳女。
そういえば、私自身の笑いのツボが、他の客と違っている点をひとつ発見した。
八っつぁんが「へそが3つあるとか」と言うと客は笑う。
だけど私は、その後の大家の淡々としたツッコミ、「へそはひとつだよ」のほうがおかしいのだけど。
***
前座が下がってから、改めて赤荻アナが、注意事項を以下の通り伝える。
- バイブ音も含めて、携帯の音が出ないように。できれば電源切ること
- ビニール袋をガサゴソしないこと
- 「待ってました」等掛け声禁止
- オチを先に言わないこと
ラジオ収録でサゲを言うキチガイ老人も、世の中には存在しているらしい。
拍手の練習をしてから収録開始。
芸人が出る途中で、客は拍手を強制的に終わらされてしまう。噺家さんが頭を下げるときには誰も拍手をしていない点、ちょっと調子が狂う。
噺家さんも、冒頭は少々やりにくそう。
だけどまあ、ラジオの寄席なんて戦前からあるもんだ。文句言ったら罰当たる。
風藤松原は漫才。この番組で放送された漫才で、予習しておいた。
予習のときはピンと来ない芸だと思った。だが、生で観て、聴くとなかなか気持ちいい。
東京の寄席に向いた漫才なのでラジオに呼ばれているようだ。
いずれどちらかの協会に入れてもらって、落語の寄席にも出て欲しいな。
寄席に向いているのがどういう点かというと、ボケもツッコミも、非常に軽く、力がまるで入っていない部分。落語の合間にぴったり。
このスタイル自体は、予習の段階から結構好きだ。
おなじみのベテランコント師、山口君と竹田君は、ラジオなのにしっかり動きのついたコント。
入院した妻の容体が気になる夫竹田君と、医者の山口君のふざけた掛け合いに、収録客大爆笑。
竹田君と握手をした後、山口君が手を拭いているギャグがセリフなく入っている。ラジオ聴取者にはわからないのに。
この人たちは、私が子供の頃すでにコントをやっていた。そう思うと感慨深い。
コントも、私の中の落語歴史の一部を、間違いなく形作っている。
桂小文治「片棒」
桂小文治師匠が前半のトリ。
今年の1月、国立の小遊三師の芝居で聴いたのだが、酔って寝てしまいました。もちろん気持ちいいからです。
最近は寄席では飲まないようにしている。よく考えたら、落語でくつろがせてもらえるのに、さらに飲む必要ないではいか。
お酒は家に戻ってから美酒爛漫を。CMでした。
今回はしっかり片棒に聴き入った。芸協の師匠からは、師匠の先代文治以外で聴いたことがあったか? 落語協会ではよく掛かる噺。
基本的な骨格や大きなクスグリは落語協会でよく聴くものと一緒。だが、細かいクスグリは相当に違っている。
「うるせー馬鹿!」と親父が次男に怒る箇所が噺のハイライト、笑いのピークになっているものが多い気がするが、そういうのはなかった。
この次男、銀は、親父の弔いについて、どうやら日ごろから入念に計画しているらしい。
小文治師は発声がとても綺麗な人。客に、そのシーンにおけるもっともふさわしいいい声をぶつけてくれる。
ラジオには非常に向いた芸。
金づち隣に借りに行く、ケチのマクラでしっかりウケるあたりがこの師匠の真骨頂。
瀧川鯉橋「時そば」
仲入り休憩を挟んで収録再開。
まず瀧川鯉橋師で時そば。
この人の時そば、昨年5月に聴いた。季節感を排し、サゲまでやらないという鯉昇師ゆずりの個性的なもの。
この日は冬の放送なので、ちゃんと寒さをアピールしていたし、サゲも普通のがついていた。
だが、噺の中身はちっとも普通ではなく、強烈。後ろにもたれかかる壁なしでは食べられない味のそば。
強烈なのに、いっぽうでとても軽いのが持ち味。
鯉橋師は、師匠・鯉昇リスペクトの相当強い人のようである。
マクラでも、師匠のネタを改変したものを入れていた。
ベテラン漫才師の東京太・ゆめ子は、寄席で聴いたことはないのだが、TVではよく見かける。
放送で掛かる際のいつもの漫才。偉大なる無駄話なのだが、予定調和でないので決してマンネリにはならない。
ネタを飛ばしても、ボケが本当のボケになってしまっていても、全然問題ない軽く楽しい芸。
京太先生は、私の子供の頃はコンビ解散した後で、栃木弁漫談でTVの演芸番組に出ていた。
その後始めた夫婦漫才だというのに、奥さんのゆめ子先生も実に達者で感心する。
ラジオだが衣装は派手。ゆめ子先生のジャケットが黒地に赤のハートマーク。京太先生は同じ生地をネクタイにしている。
赤荻アナによると、この夫婦、楽屋でも舞台とまったくおんなじで、とても楽しいんだって。
柳亭小燕枝「権助提灯」
柳亭小燕枝師が収録のトリ。
今年は、この好きな師匠がよく聴けて幸せである。
冷蔵庫小噺、久々に聴いた。妻の浮気を疑って家に帰り、外をズボンを上げながら急いでいた男に冷蔵庫をぶつけて殺してしまう話。
西洋ジョーク由来で、落語に持ってきてもさして面白くもない小噺。
だがこれで爆笑を呼ぶ小燕枝師。私もまた大爆笑。
飄々と、しかしカチッとしている小燕枝師の話芸の秘訣がひとつわかった。
多くの人は落語を聴き、登場人物の感情を、自分自身に置き換えて理解するだろう。
それが感情移入というもので、それ自体まったく普通のこと。
だが、こういう理解の仕方をしていると、中には感情移入しづらいキャラもいる。
妾とか花魁なんて、理解できないかもしれない。
小燕枝師の落語は、「理解」「共感」というものを無理に挟まず、客を楽しませてくれるのだ。
だから冒頭の、吉原帰りの亭主を湯屋に行ってこいと怒鳴りつける小噺も、余計なことを考えず楽しめる。
喜怒哀楽あらゆる人間の感情をいったん吸い込んだその上で、純化された楽しさだけを客に提供する。客はキャラクターを通さず直接楽しさに触れるので、ストレートにウケてしまう。
悋気を説明した後の、たまらないデキの権助提灯でした。
権助提灯の登場人物は4人である。旦那、権助、妻、妾。
女の怖さを強調する人もいるし、権助を楽しく描く人もいる。どこかにスポットライトを当てると演者もやりいいだろうし、客もウケやすい。
そこを突破口として、多くの噺家は噺を攻略していく。それが悪いというんじゃない。
だが、そうした流れとは異なり、登場人物全員をフラットに描く小燕枝師。
権助も、キャラは面白いけど、客に向かってギャグを飛ばすような派手な人物造型ではない。
そんな描きかたをしなくても、旦那を堅実に描けば、派手でない権助がやたらユニークに映るわけである。
そんな落語のスタイルから、楽しさが泉のように噴き出してくる。
落語って、こんなに面白いんだよなあという圧倒的な一席。
大満足の2時間でした。また招いてもらえますように。
最後、抽選会でお酒が当たるのだが、一番違いで外れ残念。
TBSさん、美酒爛漫さん、どうもありがとうございます。