ドキュメンタリー新作小噺「落語作家への道」

「おとっつぁん、最近落語は書いてるの?」

「なんだ、落語好きが高じて親父をおとっつぁんと呼ぶ息子。落語は書いてるぞ一応。でもちょっとここに来て、執筆意欲がちょっとな。なにしろ、この間ブログで出した自信作の反応がゼロでな」

「落語協会の新作台本募集に落ちたやつね。つまんねえから落ちたんだろ。そんなのウケるわけねえよ」

「面白えんだぞ。俺が読む限りでは」

「人が読んで面白くないとダメだろ。もっと面白いの書いてさ、おとっつぁんもプロの落語作家になりなよ」

「簡単に言うけど難しいんだぞ。新作落語に一番大事なのはアイディアだ。でもそもそも、おとっつぁんの趣味が落語なんでな。落語ネタの新作しか思いつかねえんだよ。今書いてるのも落語ネタだしな。落語ネタの新作を台本募集に出しても、選者の師匠方に嫌われちまうから世に出られない」

「哀しい人だね。落語以外にも、おとっつぁんの好きなもんくらいあんじゃないの」

「そうだな。ないことはないな。二番目が酒だ」

「一番目がバレてるから饅頭こわいみたいに言ってもダメだよ。すぐに落語を引っ張ってくる癖をまず直した方がいいよ」

「面目ない」

「とにかくおとっつぁん、お酒の落語書きなよ」

「そうだな。酒の新作落語のアイディア、早速一杯やりながら考えよう」

「しらふで考えなよ。よし、おいらもアイディア出すよ」

「酒の味も知らない小学生のアイディアなんかろくなもんじゃなかろうが一応承るとしよう。なんだ」

「酒はわからないから、おいらの好きなもんでもいいかい」

「うむ。お前の好きなものというと、鉄道に飛行機か。鉄道落語は駒治師匠たちがやってるけど、航空落語ってのは珍しいからいいかもしれないな」

「そうだよ。ボーイング747の落語なんか書いたらどうだい。おとっつぁん747知ってるかい」

「あたぼうよ。俺は747の2階席にも乗ったことがあるぞ。昔はな、子供に飛行機の絵を書かせたら、みんな頭の膨らんだ747を描いたもんだ。ジャンボジェットなんてのは、747のために作られた言葉なんだ」

「さすがおとっつぁんは物知りだ。物知りが社会生活に活かしきれないところが残念だけど」

「おとっつぁんのことはいいんだ。747っていうと、今ではあんまり飛んでないからな。そうだ、747を主人公にしよう」

「新作落語でおなじみの擬人化だね。おでんが喋るのと同じだ」

「主人公は引退間近の747だな。燃費の悪い自分の引退が近づいてることを、いつも嘆いてるんだ」

「いい調子じゃないか」

「747はかつての人気者。大量に客を輸送して地球を飛び回ったことが誇りだ。でも今、自分よりも大きなエアバスA380が登場してでかい態度でいるので、747としては非常に面白くない」

「A380はきっと、フランスかぶれのキザで嫌味な野郎だね」

「『ボンジュールムッシュ747、ご機嫌いかが?』ってか。そういう紋切り型のキャラもひとりいるといいな。さらにボーイングは後継機を、小回りの利く787にしてしまったから、これまた面白くない。787は目端の利いたキャラで、先輩の747を立ててはくれるんだが、どうも腹の中では『この時代遅れのジャイアン野郎』とかつぶやいてそうな気がしてならない」

「うんうん。おとっつぁんいい感じだね。あとね、ボーイング747は今、どんどん貨物機に改造されてるって知ってたかい」

「そうなのか。じゃあ、ますます747は面白くないわけだ。この747も、自分もそのうち貨物に改造されるかもと思ってる。このエピソードは、会社の人事で悩んでいるお父さんの共感を得られるかもしれない」

「なかなか深いね。おとっつぁんそんなこといつも考えてるの?」

「まあな。いちいち説明しなくても、人間の感情のどこかに引っかかればなと思ってな」

「ちなみに747ね、貨物機に改造されたのに、改造費節約で客室窓が残ったままの機体もあるんだよ」

「なるほど。それはサラリーマンだったらプライドズタズタだな。旅客機からも、貨物機からもバカにされるコウモリみたいだ。そういう存在になるかもしれないという恐怖を、747も味わっているわけだ。さて、そんなこんなで不満を抱えている747は、ある日深刻なバードストライクを起こしてしまうんだ。これは決して747のせいじゃないんだが、世間は747のようなオンボロポンコツを飛ばすなと非難ごうごう」

「面白そうな展開だね」

「そしてついに747の現役引退が決まる」

「ドキドキ」

「解体されるかというときに、747の救い主が現れる。貴重な747の雄姿を子供たちのために活用しようということになるんだ。キッザニアがスポンサーになってくれて機体の保存が決まる。747はみんなに愛されて、子供のパイロットやCA体験に活用されて余生を送るんだ。ちょっと人情噺ふうでいいだろう」

「サゲは?」

「俺は運がよかった。まるで宝くじに当たったみたいだ。これがほんとのジャンボ宝くじだ」

「まあ、サゲは悪くないけどさ、その前におとっつぁん、このストーリー、『きかんしゃやえもん』じゃないか」

「あ」

「盗作はいけないよ」

「しまった。じゃあな、やえもんのパロディであることは明確にして、結末は変えよう。お前も知っての通り、飛行機は図体が馬鹿でかいから、そのまま保存なんて本当は無理だ。だから、実際に保存するとしたら、特徴的な機首だけになるのが当然だ。747は現役を引退し、機首だけ切って保存してもらえることになったんだ」

「ちょっとリアルだね」

「サゲは『危うく解体されるところだったが、どうやらこれで、俺も首の皮一枚つながった』」

「首の皮まで切られちゃってるじゃないかよ。つながってないよ」

「そうだ。首を切られたのは理由があってのことにしよう。いったんは保存してもらえると思った747だがな、あるときジェット燃料の調子が悪かったのか酔っぱらい気味になってな、スポンサーについ悪態をつくんだ。俺は本当はまだまだ飛べるのに余計なことしやがってってな。スポンサーは最初は我慢してたんだが、あまりにも747の悪態がひどいので、ついに勘弁ならず、747の機首部分をスパッと切り離してしまうんだ」

「斬鉄剣かよ」

「あまりにも鮮やかに切られて、そのことに気づかない747が動き出すと、コックピットがそっぽを向いてしまい、おかしいなと思っているとゴロンと機首が落ちてしまう。そのとき空港で火事が起きたので747、思わず自分の機首を高く差し上げて『御免よ御免よ』」。

「なにこれ? 古典落語だっけ?」

「首提灯だ」

「ちょっとマイナーだよ。落語ネタをつまむのは悪い癖だって言ったばっかじゃないか。だいたい機首差し上げたって、飛行機のどこに手があるんだよ」

「少しぐらいシュールな展開があってもいいだろう」

「こんなしょうもない落語しか作れないおとっつぁんこそ、落語作家クビだ」

作成者: でっち定吉

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