グリーンホール寄席(中・桃月庵黒酒「三年目」)

まずは菊正さんから。
年始はお年玉を用意しなきゃいけないのだが、これが大変。
新札じゃなきゃいけないが、銀行駆けずり回っても1行につき10枚ずつが関の山。
12月になると計画的に銀行を回って用意する。
信用金庫だと融通利くともいうが。
ある年、どうしても枚数が足りない。だが念のため机を漁ってみると、新札らしい束を発見した。
だが袋に詰めてみると、これが野口英世。仕方ないので下の方の前座さん用にする。

昨年亡くなった若圓歌師匠は、端っこを鶴に折ったお年玉をくれる。
菊正さんはもらったお金は全部、一度入金する主義。
だが深夜のATMで、鶴を折っていたお札が引っかかり、係の人が駆けつけてくるまで30分待つハメになる。
みんなが通る道らしい。先輩は広辞苑に挟んでシワ伸ばすのだと。

落語協会と鈴本のある上野広小路界隈で、芸術協会の希光アニさんに会った。
「こんなところでどないしたんや」。いやいやこのエリアではこっちのセリフだ。
正月に一度この周辺で小遊三師匠にも会った。一度紀伊国屋の前座を務めたので挨拶しなくちゃいけない。
そしたら、「あ、ああ、そうだそうだ協会の前座さんだった。いやいやどうも。じゃまたね」とか言っていなくなってしまう。お年玉はくれない。
ただ、翌日仕事で一緒だった。ニヤッと笑って「仕方ねえな」と出してくれる。

小遊三師のセリフと所作、非常に雰囲気が出ている。
かなり好きなんでしょう。

アサダ二世先生とも外で会った。
会うなり、暮れに銀行に行けない理由があって、現金のないことを説明される。

楽屋の知ったかぶりについて。
先輩たちに「バラ肉はなぜバラと言うか」を訊いてみる。
先輩たちの回答。みな自信満々。

  1. 色がバラみたいだから
  2. アバラの肉だから
  3. 腹の肉、の意
  4. バラバラになるから

調べたら2だった。
ここから転失気へ。

前座時代にみんな覚えるイメージの噺だが、勉強会で出すとは、最近仕入れたのだろうか。
まあ、喬太郎師も二ツ目になってかららしいし。

口調が音楽のようで素晴らしく、マクラも練っている菊正さんだが、この一席に関してはもう一つという印象。
門前の店でのやりとりが、うまく編集できてない気がした。
ここがややもたつき気味に映るし、客席のウケも今ひとつ。
サゲは「屁とも思いません」。
ただ、トリの大工調べはよかったので。

続いて、本当に初めて聴く黒酒さん。
無愛想な人かと思ったら、笑顔がいい。師匠と同じ表情をするが、師匠よりもにこやか。
ネタにしていた小駒さんにも笑顔が似ている。
あと、円楽党の三遊亭楽大師にもフォルムごと似ている。

噺家は世情のアラで飯を食いなんて言いますが、今報道されてるのはネタにしづらいですね。
フジテレビとか、生島さんとかいじりづらいですね。笑いになりませんから。
最近コンプライアンスがうるさくなりまして、ハラスメント混じりのネタがやりづらくなりました。そもそも、やってもウケません。
その割に、おじさんはいじっていい風潮がありますね。クサイとかハゲちゃったとか。
女性に同じこと言ったら大変なことになりますよ。
私はまだ独身です。女性の心がつかめないのでしょう。
女性の、前髪ちょっと切ったこととかまず気づきませんしね。でも、気づかない男はダメみたいで。
だからといって、こちらから「あ、髪切った?」もセクハラだっていいますしね。
髪はおんなの命。どうやら三年目に入るみたい。

当ブログでいつも書いてるのだが、コンプライアンスが厳しいからネタが作れないなんていうのはほんとにろくな芸人じゃない。
「コンプライアンスって難しいですね」という見事なネタをちゃんと黒酒さんは語っている。
世の中が変わってネタが作れないという嘆きじたいおかしいと思う。

面白いことに、この三年目、兼好型だ。
三遊亭兼好師は白酒師と近いから、その縁なのだろう。

三年目、序盤はいまわの際にあるおかみさんを見送る場面であり、しんみりしている。
ここを堂々と語り込む。
化けて出ておいで、という最低限のユーモアは漂うが、そこに頼ったりはしない。
逆におかみさんの情念を強く描きすぎたりもしない。
ナイスバランス。これはすごいかもと思う。

先妻が亡くなったらすぐ次を世話する本所のおじさんが出てきて、このネタが兼好師からであることを確信する。
しかし、兼好師の噺って難しそう。誰がやってもウケる感じはまるでしない。
ところが、黒酒さんがやると面白いのだった。
本家以上におじさんをカリカチュアする。毎日このおじさんの話を断るのもツラいのがわかってしまう。
先妻に思いはあっても、後添えをもらう自然な流れ。

先妻の法事を済ませ、後妻は疲れて赤ん坊と一緒にスヤスヤ。
先妻に思いを馳せたところで、幽霊登場。
兼好師を踏襲して、にっくき本所のおじさんのところに先にバケて出ている。

勉強会とは思えない見事な一席。
ひとから教わった演出で堂々ウケを取るその実力は、後半の茗荷宿でもいかんなく発揮されていた。
ひとの演出やクスグリ、そこをどうしても喋りたいから教わるわけだ。そのぶん力入れすぎて、失敗する若手いるもんね。
黒酒さんには、自分の噺として語る肚があるわけだ。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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