細川肥後庭園から松聲閣を望む。梅はこの1本のみ。
落語の部屋は、建物1階の右手となっています。高座のはな平師の後ろに、庭園側から松聲閣のお庭に入ってくる人がチラ見できる。
背後の建物は日本女子大学ですね。
鮑のしについてはな平師は語らなかったが、こちらのほうはひと昔前に比べ、現在本当に頻度少ないと思う。
もっとも私自身は結構聴いている。自分でよく聴いてるのに世間での頻度が少ないと感じるのは変だが、でもそうだと思う。
熊の皮や加賀の千代がよく出て、鮑のしが少ない理由はよくわからない。
先の転失気と同様、語りを聴いているだけで実に楽しい。
独自のクスグリは、おかみさんの教えてくれる口上がわからない甚兵衛さんが「Pardon?」と聴いてるぐらい。まあ、鈴ヶ森に一之輔師が入れてたけども。
はな平師はクスグリに頼らない人だと思う。
先人のクスグリはしっかり使うが、そこでウケてやろうというのは皆無。
「尾頭付き」「口移し」「お嫁ご様」「つなぎ」等のワード豊富な噺だが、多分現代ではこういう要素をひたすら強化してもさほどウケないのだ。
そうではなく、終始ぼんやりしているがなんとかご飯にありつきたい甚兵衛さんを、シチュエーションから攻めてくるとまだまだ楽しい噺。
いま一番鮑のしの上手い隅田川馬石師も、甚兵衛さんのキャラを深掘りすることで蘇らせている。
はな平師も、甚兵衛さんを落語の客から遠ざけないで描き、親近感を与えて描く。
平和な噺を、前半で終える。
後半も好きなのだが、啖呵の入る後半やるためにはまた別の要素が必要と思う。とはいえはな平師、前半と同じテンションで乗り切ってしまえそうで、聴いてみたい。
つなぎの言い間違えは津波でなくてサナギだった。
続いて祭りの話。
故郷の博多山笠は山車の祭り。東京にも山車の祭りはあるが、なんといっても神輿。
根岸の祭りは、珍しい。なにしろラブホテル街を練り歩く。町内会がそうだから。
ちゃんとラブホを1軒1軒囘る。休憩所はラブホの駐車場。
そして師匠宅にも神輿はやってくる。
四神剣の説明を振って百川。
甚兵衛さんとは違う意味で世の中を変容させる、田舎出の奉公人百兵衛さん登場。
この大ネタは、そういえばクスグリのほぼない噺だ。うっし、とかうっぴゃ、しかない。
登場人物全員がマジ。シチュエーション勝負のはな平師にピッタリかも。
ならどうしてこの、やってない噺を出す会で出しているのかとは思うが。
隣町の四神剣の掛け合い人だと誤認した男(主人家の抱え人である百兵衛さん)が引っ込んだ後で、「この家は何してるんだ。直接通さねえで取り次いだらいいじゃねえか」と入れてたのは珍しい。
確かにそうだ。シチュエーションを重視するはな平師には、放置できない穴なのだろう。
女中が揃って髪を散らしてしまうという不自然なシチュエーションが納得できず、ここに説明を入れる人もいますね。
あたしは主人だからお手が鳴っても行くわけにいかないと説明が入ることもある。
こういうのは落語の客のためでなくて、演者自身のために入れるのだろう。
百川についてはよく聴くもので、繰り返し触れている。
嫌いなタイプがある。百兵衛さんのキャラが前後半で変わってしまうもの。
前半が純朴の塊で、後半になるといきなり抜作になってしまうものが結構見られる。
この食い違いは、トラブルの発生原因に伴うものだが、スッキリしないこともある。
この点はな平さんのように、前半から百兵衛さんが十分に間抜けだと気持ちがいいのだった。
具体的に間抜けな描写がなくても、後半のエピソードと矛盾がなければいい気持ち。
若い衆たちは、常磐津の亀文字師匠を呼びにやる際の指示がテキトーすぎる。
「か」のつく名高い人だけでは、失敗しても無理はない。
ただ、はな平師のものからは、自分たちの勝手な勘違いで頭に血が昇った若い衆たちの姿が浮かび上がる。
はな平師が狙っているかどうかはわからない。でも、押し付けのない芸からは、勝手にそんな感想も湧いて出るのだった。
サゲの「たった1文字だ」の前に、百兵衛さんが人違いの原因が自分にあることを教わっていないのだけ気になった。
罵倒はされるのだけど、「亀文字の代わりにかもじ先生連れてきやがって」というセリフがないのだ。
でもまあ、鈴本でトリがあったら出せるんじゃないかという見事な一席でした。
わずか1時間だが、久々に聴いたはな平師に大満足。
芸風的に、書くことが少ないのは仕方ない。
また来るつもり。
帰りも高田馬場まで歩いた。今度は入試で静かな早稲田大学の前を通って。
肥後細川庭園、都営の1日パスがあればバスで来やすい場所ではある。
それと、東池袋や大塚あたりに住んでる人なら都電(早稲田電停)で非常に来やすいところかも。