三遊亭兼好「風呂敷」(産経らくご配信)

産経らくごのアーカイブで、三遊亭兼好師の「風呂敷」が流れていた。
兼好師の「三年目」を以前取り上げ、世間ではあまり話題にならない好楽師との師弟関係を探ってみた。
三年目は師匠から来ているはずの演目。
そして、風呂敷もそうではないかと思うのだが、師匠のものとはまるで違っていた。この噺では師弟関係は読み解けない。
師匠と弟子と持ちネタが共通していたからって、必ずしも教わったとは限らないけども。

風呂敷という噺、最近は流行らない。若手も「紙入れ」ばかりだ。
私は露骨すぎる紙入れより、想像を掻き立てられる風呂敷のほうがずっと好き。
ちなみに風呂敷もかつては、明確に間男を扱った噺だったようだ。今では、かみさんは無実というやり方がふつう。
ただし古いタイプの人もいる。古今亭菊志ん師はそうだった。
そして好楽師のものも、ちょっとかみさんにスキがあるタイプ。解釈次第だが、どうやら完全シロとは言えない感じ。
だが兼好師の場合シロである。間男はテーマにないらしい。

古典落語は代々引き継いできたものだが、人によってはかなりの部分自分で作る。この点、新作落語と同様。
噺の編集力は実に大事だ。古典落語も編集の上手い人のものが面白い。
兼好師は希代の編集達者。もちろん売れる要素は他にも多数あるが、私が師から最も強く感じるのはこれ。
兼好師はしばしば、古典落語のガワだけ用い、中身を新作落語のようにそっくり作り上げるということをする。私はこれを「ラジオ焼き」と命名した。
たこ焼きのガワを使うが、中身はタコではないのだ。

とはいえ風呂敷に関しては、まったく自由に作っているという感じではない。
既存の古典落語を再構成している。噺のパーツを出す順番、そして使い方が違うのだ。
ラジオ焼きとは若干違うのだが、これはこれで得難い才能の発露。これは編集としては一般的であり、特に新たな言葉を開発する気はなし。
編集にあまりにも感心したので取り上げます。
編集上手の人が古典落語の疑問点の解消に成功した場合、そちらが今後のスタンダードになる可能性がある。

具体的に、既存の噺を大きくいじっているのは次の部分。

  • アニイの知ったかぶりが、お咲さん(名前は出ていない)でなく、自分のかみさんに向けられている
  • 新さん救出大作戦が、「隣町でやってきた」ではなく「今から実践するつもりだ」となっている

風呂敷の知ったかぶりは既存のものも楽しい。

  • 女三階に家なし
  • おでんに靴を履かず
  • じかに冠をかぶらず

兼好師も、自分のおかみさんに対し「女三階に家なし」とは言うのだが、この解釈も兼好師は独自であった。3階にいるとすぐ出られなくて、配達の人間が困るからなんだそうだ。
「瓜田に靴を入れず」「李下に冠を正さず」は、オリジナルがそもそも難しい。なのでだろう、入れない。
なお好楽師のには「写真忘るべからず」というのが入っていた。

冒頭部が風呂敷に似ている「厩火事」(こちらも登場人物はお咲さん)は非常に人気ある演目だが、劇中の逸話はもろこしの子牛と麹町の猿だけ。
これは教養に溢れるもののマジなので、私は聴きながら頭の回路が風呂敷につながってしまうことがある。私だけじゃないと思うのだけど。

お咲さんでなく自分のかみさんに対して講釈をたれているのは、お咲さんを早く帰さなきゃ亭主に怪しまれるからだ。理にかなっている。
風呂敷を編集して出す、兼好師の格言はこう。

  • 春眠赤だしの味噌汁
  • 女三階に家なし
  • きみこ危うきに近寄らず
  • きみこは豹変す

春眠赤だしの味噌汁は、おかみさんのアイディアを否定するのに使う。亭主の熊さんに、味噌汁でも飲ませれば寝るんじゃないのと言われて。
春先に味噌汁なんか飲ませたら目が醒めるそうだ。
きみこは客に大ウケ。
ちゃんと噺と意味が合ってるのが地味にすごい。

そして、救出作戦により、既存の噺のやり方を否定してしまう。
すでに嫉妬深い亭主から押し入れの男を救い出してきた、でなく、今からこうやろうと思うので意見を聞かせてくれ、にしてしまう。
今からやる、は嘘ではない。本当に今から目の前で救出作戦を結構するのだから。

既存の噺は、アニイの披露する架空のストーリーが、現実とシンクロするからウケているのである。
だがその分、不自然なところもあった。なんでその架空の男は、おとなしく風呂敷を被されておとなしくしてるんだと。
これは、誰も気づかなかった噺の穴ではないかな。
兼好師はこの不自然さを、自分の噺の熊さんのセリフを使って見事に解消しているのだった。

古典落語は作るもの。
一からではないにしても、三ぐらいからは自分で作らないとものにならない。
見事な例である。

作成者: でっち定吉

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