雛鍔は別に春の噺というわけでもないだろうけど、おひなさまが言葉だけでも出てくるから、この時季がいいのでしょう。
若手のホープ春風亭朝枝さんから、以前雛鍔を聴いた。
この出どころらしき噺が、ラジオから流れていた。圓太郎師である。
もっとも今回の圓太郎師の噺、当時聴いた記憶とはあまり一致していない。
教えた側の噺がその後どんどん変わっていくこともある。
朝枝さんの雛鍔の出どころが圓太郎師なのも、当時と同じ印象がないのも、どちらも真実かもしれない。
雛鍔は、現代では危険な点もあると思う。
といっても、そんなに多くはない。植木屋が、客の前でかみさんに指導をし過ぎる点ぐらい。
あと現代では「小さいころから金融経済を教えなければ」と考える人のほうが普通だと思う。これはまあ、さして気にならないけど。
圓太郎の雛鍔、印象のなにが変わったか。
今回、実に突出しない内容になっていた。
そして突出しないことが、たまらない魅力になっている。
突出していない例。
- お屋敷のエピソード
- うちの金坊の振り返り
- お店の旦那の謝罪ととりなし
- 植木屋の反省
- かみさんへの指導
- ♪こんなもの拾った
- 旦那の感心
なんだ。結局すべての部分が突出していないのだった。
唯一の個性は、「火事でもあれば旦那の手伝いにしれっと駆け付けられる」ので、二三軒隣に火を付けようというクスグリ。
しかし、これすら突出を抑えている。
ちなみに自分で書いたものによると、朝枝さんは二三軒隣と言っていたが、ラジオの圓太郎師は「旦那の家に火を付けて」だった。
その後直したらしい。さすがに恩人の家に火を付けちゃいけない。
突出した部分にカンナを掛けてできあがった雛鍔は、平板なものなどではない。実に美しく均整の取れたスタイルとなっていた。
圓太郎師は、口調が常に冗談めいているので、クスグリに頼らずに笑わせることができる人。
そしてこのようなスタンダードな形を見ると、師のRakugoka’s Rakugokaとしての要素も濃厚に見え隠れする。
Musician’s Musicianのような。
もっともこの概念には、「世間は知らないが関係者の間で尊敬されてやまない隠れた実力者」というニュアンスが付きまとうので、プレーヤーとしても一流の師には失礼かもしれないけども。
ただ実際に後輩に稽古をよくつけている様子は、ご本人が語らないのにしばしばうかがえる。
雛鍔のすべての部分、ギャグ入れようと思えばあるわけだ。
さらに雛鍔の場合、人情噺として語りこむことも多い。
3と4は重要な部分。抜いたバージョンを聴いたときはびっくりしたけど。
3と4がやりたくて語ってる人も多いと思うのだ。ところが圓太郎師は、これすら全然強調しない。
お店の旦那も、もちろん済まなかったと思っている事実はわかるが、むしろ形式的な詫びに見える。わざわざ旦那が足を運んだんだから矛を収めてねと。
植木屋のほうも、筋が通せてよかったと喜んでいる感じ。親父の代からの出入りだなんて恩も語らない。
なにひとつ劇的ではないのである。
オンオフを切り替えていかない落語。
かみさんへの指導が行き過ぎる感じもない。植木屋は、人前でやることじゃないとは思っているが、でも早く言っとかないとわからないと思うもので。
この点、教わったと思われる朝枝さんの方法論(かみさんがやたら強い)とは完全に一線を画している。
圓太郎師としては珍しい手法かもしれないが、実に楽しい。
でも語り口のためか「本寸法」と呼ばれることもないと思う。
一席終えて、圓太郎師。
このまま続けるか(3席やる)、仲入り休憩にするか悩んでいたが、休憩に。
休憩後も楽しいマクラから。
私は高座に上がる前は、お茶の一杯も飲みたいのです。
いい香りのお茶でした。うちでやるみたいに、袋のまま入れたりしてません。
1席め、お茶を飲もうとしたら、ティファールのポットで湯が沸きません。
コンセント刺さってなかったんです。ああ、このお寺は電気使わせたくないんだなと。
気がついたもうご住職が挨拶してまして、水だけ飲んで出てきました。
仲入りではちゃんと飲もうと思ったんです。
ティファールにコンセント刺そうとしたら、机の奥にあって刺すのが大変です。ああ、使わせたくないんだなと。
後で見たら手前にコンセントありました。
お茶は淹れたんですが、仲入り休憩が短くて、飲んでる暇がありません。
今急須の中で、苦いお茶になってます。このあといただきます。
毎年毎年お寺をdisるのがたまらない。
ご住職もそこで聴いてるんだけど。
長講、柳田格之進に続きます。