南阿佐ヶ谷すずらん通り落語会(中・入船亭扇白「品川心中」)

入船亭扇白師は、披露目で聴いて以来で、半年ぶり。元遊京。
真打も数多いから、ここが一番キツい時期だと思う。
ナチュラルに上手い人なので、必ず抜け出してくると思うけども。
ここ、アートスペース・プロットは扇白師のホームグラウンド。

若々しいのだけども、座布団の上のフォームは実にもってベテランっぽい。
足元のお悪い中ありがとうございます。雨は今やんでますよ。
今日はいつもの3人です。もともとこの会は井の頭のほうでやってました。
先日以前の場所で会をやって、以前のお客さんに今は阿佐ヶ谷に移ってますと声を掛けたところ、渋い顔をされました。
あそこ火事にあったら逃げられないね。
一蓮托生です。

別に火事の心配するような会場じゃないですがね。
ちなみにこの3人は、同じ三鷹台のアパートに入っていたという人。花いち師が出た部屋に志ん橋師が入り、そのふたりと扇白師が被ってるのだと思う。
扇遊師と、先代志ん橋が同じマンションに住んでいるため、弟子のふたりはよく一緒に通ったと、以前聴いた。

新真打、船遊亭扇歌の披露目の話も。

もう連休に入っているみたいですね。連休中って意外とお客さんは入らないです。
なのでぼくらはあまり連休中は熱心に働きません。
昨日は黒門亭に出ました。ホームランたにし先生とご一緒になりまして。
寄席の爆笑王だったホームランという漫才の、勘太郎先生が亡くなって、たにし先生がピンで出てます。すごく面白いです。
たにし先生、いろいろ記念品を持ってきて見せてくださいました。
小三治師匠のお礼状なんてものも。小三治師匠、お礼状を書くイメージがないです。
これは楽屋で、体調を崩した小三治師匠を、介護士の資格を持つたにし先生が介助したので、そのお礼です。
たにし先生、ああいうときは、とにかく行動するんだよっておっしゃってました。一門でもないのにでしゃばっちゃいけないとか、そういうこといっちゃいけないんだ。
中村天風の教えだそうで、

中村天風は別にいい。大谷翔平も影響されているそうで。
でも、どこぞのパワハラ師匠も心酔してたのをちょっとだけ思い出す。

今日はこの後、志ん橋さんが大ネタをやるそうです。
と振って、ご本人も品川心中。

実にスタンダードな高座であり、そして面白かった。
こういうときに「本寸法」と評するのはもう、自分の鑑賞能力の乏しさを自白するようなものだ。使わずになんとかその魅力に迫ってみたいと思う。
少しでも迫ってみると、こういうこと。

  1. 登場人物は、人としての大事な要素を少しずつ抜いた人たち
  2. 要素の抜けた人が、しっかりと反応し、行動する
  3. しっかりした行動が、楽しいドタバタを生み出す
  4. 要素の抜け具合が、死の切迫感から客を救う

要は、楽しい品川心中の登場人物は、人間の6割しか表現されないのである。
4割は、描かない。そして扇白師の場合、意図的に描かないのではなく、まんま足りないままなのではないだろうか。

難しい噺だよなあと。
心中相手に選ばれる金蔵がかわいそうだと思ってしまったら最後、楽しむものも楽しめない。でも、「かわいそうなのを楽しむ」のはOK。
あと、移り替えのできない花魁のペーソスを強調すると、違う噺になってしまう。
扇白師の場合、心中を決意するシーンがほぼなかった気がする。とっととゴールを決めて、「誰と死のうか」を考えるのである。
金蔵のほうも、30両も出せないのでとっとと死ぬことにする。あとは、死ぬまでになにをするかを考える。
このあたり、相当入念に設計しているはず。
高座に載った人間の感情が足りな過ぎたら、今度は不満を持たれるわけで。

花魁を追いかけて桟橋までやってくる若い衆は、先に金蔵が飛び込んだと聞き、一瞬間を置いて「いーよお」。
ここがめちゃくちゃ面白かったのだが、これも若い衆において、人の死を悼む気持ちがもともとないからなのでは。
「俺が黙っといたらわからない」んだそうで。

そして、以前から落語には「災難を楽しむ」種類のものがあると思っていたのだが、実は品川心中の金蔵も楽しんでいる。
いや、そんな場面はひとつも明白に描かれてはいない。
でも、遠浅の海でもって横になっておぼれてる状況、楽しまなくてどうする。
犬の町内送りもしかり。
きっと昔の客のほうが、金蔵になって楽しんでいたに違いない。大丈夫、今の客だって視点を変えれば全然楽しめる。

親方のところへいとま乞いに出向く金蔵。
「金蔵です。そこにあるのが雑巾で」
久しぶりにこれ聞いた気がする。こんなのなくてもいいんだけど、きっと好きなんだろう。
面白いことに、死にぞこなって帰ってきてからもこれ言ってる。

親方のところに刃物置き忘れてきたのは、いざ死のうという段になって気づいている。
なので金蔵、針を10本まとめて口の上をちくちくしようと。
「しもやけ治してんじゃないよ」
これも古いクスグリだ。
刃物がないから海に飛び込むことにする。まったく躊躇のない花魁。
潮風でさび付いた鍵を力を入れてこじ開け、桟橋を、金蔵引き連れてぐいぐいと。追手が掛かったから、さらに早回し。
金蔵のほうは、あまりにもスピーディに死が迫るので気が気じゃない。

親方のばくち場、大家が踏み込んできたと思って灯りを消した野郎がいる。
この暗闇の攻防戦は実に楽しい。ここまで闇が強調された場面は初めて聴くかもしれない。
落語の客は演者の所作を見ているわけだから、もともと暗闇ではないのである。
だが、そこになんとか火打石を売って火を点け、照らすことで真の暗闇が現れる。

親方の背中を駆け上がって梁にぶら下がった野郎、糠味噌に足突っ込んで金玉落とした野郎、そしてはばかりに落っこちた与太郎。
与太郎は汚いと思うのだろう。最後にちょっと。
与太郎が上がってきて、上がっちゃいけねえと言われて「じゃあ、また潜ろうか」。
ここで違うサゲが入る。
肥溜めに落っこちた与太郎と、海から上がってきた金蔵を掛けてるみたい。

いや、力作でした。

品川もろ被りの居残り佐平次に続きます。

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