前座の枝ぴょんさんが高座の前にテーブルを置き、マイクを移動する。
主役の師匠、桂歌助師。
高座は少々高めのためどっしり腰掛けることはできず、立ち高座。ただし「浅く腰掛けたほうが楽ですね」と言ってそうする。
つい先日、横浜で聴いた際の師は、大腸がんから「だいぶ回復した」という喜びに溢れていたのだが、この日はそこまででもなく。
別に容体が悪化したわけじゃなく、よくなった状態に慣れたのだろうと思うが。
師はかつて市川じゅうの小学校で、学校寄席をしていた。ご兄弟の奥さんが市川で先生をしている縁。
歌近さんも落語を聴いたが、この年だけ別の演者だったのだという。それでも、縁があって弟子になったのがとても嬉しいと。
弟子のことはベタ褒めだ。
御徒町の新潟県人会館でずっとやっている会に、歌近さんは48回出た。そして、ネタがすべて違う。
見上げたものだと。私が前座の頃は、20数席で回していたのに。
噺家の修業には楽屋働きもあるが、彼はしくじったことがないと。
お母さんの教育がよかったのでしょう。
出来のいい弟子がいて、本当に嬉しいという様子が伝わってきた。
師匠が弟子をベタ褒めなど珍しい。しくじりのエピソードをしようにも、しくじってないなら出せない。
私が歌近さんを評価するのと、プロが評価するのと、やや違うことがわかった。
プロは、まずはしっかり昔らしい修業ができた彼を評価する。
私はこの先、いかにも上手くなりそうな高座を務めていることを評価する。
ということは、歌近さんは落語界のスーパーエリートなのでは? 地味な芸風に似合わず。
この次の小痴楽師のマクラからも、こんな様子は伝わってきた。
歌助師は予想通り、横浜と同じ替り目。
クスグリまで含めて噺がほぼ頭に入っている状態で聴くと、実に楽しいのだった。
仲入り休憩で爆睡して、柳亭小痴楽師を迎える。
ちなみにこの会、お囃子さんもちゃんと呼んでる。出てこない弟子のいっちさんも太鼓を叩いている。
平日の昼間にお集まりいただきありがとうございます。
私ね、本当に寝坊癖があって。なので午前中の会は受けないんですよ。
でも今日は特別です。起こしてもらって無事にやってきました。
歌近さんからも話ありましたけども、私が「チー坊、チー坊」となぜ歌丸師匠にかわいがっていただいたかと言いますと。
これは歌丸師匠自身がどこかで話していました。
四代目痴楽師匠には大いにお世話になり、それはかわいがっていただきました。
お父さんである五代目痴楽師匠もよくしてくれました。その恩返しなんです。
ただ、私の度重なるしくじりで、だいぶ歌丸師匠の死期を早めたと思います。私とかかわらなかったら、今日ここに座っているのは歌丸師匠です。
今日は月の31日ですね。31日というのは、寄席の通常興行がない日です。
歌丸師匠はこの日必ず、地元にある大衆演劇の三吉演芸場で一門会を開いていました。
私も、一門でもないのにいつも呼んでいただきまして。寄席がないわけですから、呼んでもらわなければ休みなんですが。
でも本当にありがたかったです。おかげで高座数も増えて。
歌丸師匠が高座に出ると、だいたいみんな戸をピシャッとしめて、情報交換を始めるんですね。
ただ、歌近さんの師匠、歌助師匠だけは、ずっと袖に張り付いて師匠の高座を聴いてました。偉いなと。
私は16で寄席に入りましたけど、歌近さんも似たようなものですよ。18ですか。
寄席の前座は、興行を取り仕切るんですね。電車が止まって演者が来ないとか、よくあるわけですよ。臨機応変に対応しなきゃいけない。
歌近さんは若いのに見事に取り仕切ってました。
いい前座が楽屋にいますとね、みんな安心するんですよ。歌近さんのいた頃は、本当に安心でした。
歌助師匠も、この世界には親がたくさんいるっておっしゃってましたけども。確かにそうですね。
親戚のお父さんもたくさんいます。たくさんいすぎてうっとうしいこともあります。
いやあ、ずいぶんとリップサービス。
とはいえ、ケチをつけるところがないから褒めとけという感じには映らない。
歌近さんの外に対し秘めたエリート性が現れてくる。
これは芸術協会の秘密兵器かも知れない。
ひとの会なので、自分の痴楽襲名について語ったりはしない。
本編、松山鏡に続きます。