自宅の消防点検があるので早めに戻らないと。午前中を活かしてちょっと連雀亭のワンコインに。
先日夜の会は行ったものの、神田連雀亭、根本的にご無沙汰気味だ。
理由はいろいろあるけれど、今後もしばらく頻度低めと思う。
実際今回、久々に「私は誰でしょう」が出たことでもあるし。
三遊亭萬都さんが目当て。イキのいい二ツ目。
それから立川うぃんさん。
立川流になかなかいい人を見つけたと思ったのだが、ここ2席ほどがなんだか薄口だった印象。マクラは面白かったのであるが。
かなり愉快な人だけども。
でもまあ、まだわからない。
つ離れしていて盛況。
萬都さんが受付。
そしてうぃんさんが出てきていて、丁寧な挨拶。
「楽しんでいってください」
なかなか、こんなこと言える人はいません。
トップバッターはその、うぃんさん。
にこにこと、大勢のお越しでと感謝の意。
連雀亭のキャパだとよくわかるが、うぃんさんは客の顔隅々までつぶさに見ている。
中には見られたくないと感じる客だっているかもしれない。ただ、圧が強いわけではないので、不快感はない。
多分、これが最大の、そしてなかなかない武器。
私、興奮してます。
関内ホールの大ホールでの独演会があります。ゲストが師匠で。キャパが千人なんです。
昨年、小ホールでやりまして。こちら300人なんですけど、立ち見が出たんです。
関内ホールの人に、すごいですね、来年も押さえちゃったらどうですかってそそのかされまして(謎のモノマネ入り。やたらと支配人が軽い)。
その場で押さえちゃったんです。
1年間、この日のためにがんばってきました。それが、ついに完売したんですよ。
客が拍手したのを、チャッ、パパパンと揃える。
さすがですねみなさん。最近はこれももう通じなくなってきまして。
こないだ高校生の前でやったら、ついてこれませんでした。いいとも見てませんからね。
ちなみに、その会来られるという方?
いませんね。よかったです。その日掛けるネタを練習しておきたかったんです。
粗忽長屋です。師匠に50席覚えろと命じられたうちの一席ですね。
千人埋めたという自慢話なのに、喜びと、達成感に満ち溢れていて嫌味がないのは立派。
得意のマクラは短め。一席自体、17分ぐらいと短めだった。
詐欺志の話題など振らない。
本編、非常にいいなと思いつつ、改良の余地があるんじゃないかと思った部分も多少。
もっと「ボケっぱなし」に舵を切ったほうがいいのではと思った。ツッコミをもっと削るということ。
演者自身「ボケっぱなし技法」が好きそうな総論を感じたので、では各論もそれに合わせたほうがいいのではと思ったわけである。
たとえば八っつぁんが「それじゃ死に倒れだ」という際に、町役人はいちいち「本当はゆき倒れ」とか言わないのである。
じゃ、全部それで行けばいいのにと。でも「生まれたときは別々だが死ぬときは別々」にツッコんでたから(これ自体は普通)から。
さらに、「普通は死ぬときは一緒だって言うんじゃないのかい」とご丁寧なツッコミまで入っている。
いっぽうで、「行き倒れ」は「イキな倒れかた」だと理解している、ファンキーな八っつぁんでもあったりする。
粗忽長屋は本当に難しい話だと思う。
粗忽噺で最も難しいとされる「松曳き」よりさらに難しいと思っている。
行き倒れの当人連れてきますという八っつぁんに、客のほうはすぐ気持ちが逸れてしまう。
うぃんさんの一席が逸れないのは、町役人に本気でツッコませないかららしい。
町役人は狂言まわしなのだ。客の代弁者にはしない。
だから、客が八っつぁんの対立軸に行かないのだ。
もともと、こんな人に共感しようがないというのが粗忽長屋の難しさ。堀の内や、松曳きには共感できても。
冒頭、雷門に集まった行き倒れの見物人たちを説明して、そこから描く。おやおやと思う。
ただ、そこを端折ったおかげで、股ぐらくぐるのを強化に成功。股ぐらくぐらせるのが好きらしい。
股の膏薬まで入っていた。最近は珍しい。
しかし、「股ぐらくぐる」とは、ある人物の右脚と左脚の間のくぐり抜けることを言うのでは? だから膏薬持ってっちゃうんでしょ。
でも、うぃんさんによると人物Aの右脚と、人物Bの左脚との間をくぐっていくみたい。
別に、正解はどうとか言いたいわけじゃないです。
町役人は、主観の強い八っつぁんに本気で困っている。
別の町役人が、「あの人なら連れてくるんじゃないですか」と無責任なことを言うのでなおさら。
前述のごとく、この町役人を対立軸に置かないので、八っつぁんが浮かない。
長屋に入る熊さんは、普通より主観が強い。
どうなるかというと、なかなか死んだことを納得しないのである。
ただし熊さん、第三者視点は持っている。信頼しているアニイに「お前は死んだんだ」と繰り返し説かれ、「死んだ気持ちを想像しろ」と言われてついに納得。
「死んだんだ。死んだんだ」と繰り返す八っつぁん。
なんだか「新馬場」(京急の駅)みたいだなと思ったら、本当に新馬場が入っていた。
「談志が死んだ」の回文も入る。
でも、ギャグ多めの印象はまるでない。
まあ逆に言えば「新馬場」とか、ガラじゃないのかもしれない。
先代小さん(うぃんさんだって、三代前にさかのぼるとここに行きつくのだ)の芸談である、「八っつぁんは熊さんを本当に心配してるんだ」という描き方とはちょっと違う。
この八っつぁんは、身内の心配よりも主観が優先する人だ。
談志から来ている?
そうだとして、変な味付けはなくてシンプル。
現場で死骸と対面し、死を受け入れていたはずなのにいったん拒否し、再度芯から納得するあたり、スタンダードのよさだった。
ここ2席薄口と感じたのは、このスタンダード感の裏返しであるな。
最近はいろいろ複雑な粗忽長屋が多いが、シンプルな構造でウケさせるのは立派でした。
続きます。