小説が書けました。
「上」と「中」を、2日に分けて当ブログで公開します。
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(でっち定吉)
「このままでは、絵本業界は滅びます!」
YouTubeの「闘うえほんちゃんねる」で吠えているのは、絵本作家のしんかま・ひろず先生である。
絵本作家なので、本名「新鎌宏図」ではなく、ひらがなを筆名に用いているのだ。
「今の絵本業界は、才能のないやつらばかりです! 才能ある人間はのきなみ、児童文学に、あるいは脚本家の世界に獲られています! 才能のないやつらが師匠について絵本を必死で学んだって一流にはなりません! そして絵本のファンもいけません! 絵本のマニアは、業界を滅ぼします! いえ、絵本業界に限らずすべての業界は、マニアという人たちによって滅ぼされるのです!」
シンカマ先生の言動は、しばしば世間で話題になる。
絵本とあまり関係ない、政治界隈や芸能界隈でも有名だ。
ほとんどの場合、物議をかもしている。
しかしもちろん、シンカマ先生にも熱心なファンがいることを忘れてはならない。
「ああ、またシンカマ先生、業界を敵に回すような発言をして。でもここまで言い切れるなんてすごいじゃないか」
「どうしたんだい、お前さん」
「落語好きだからって、またそんな口調で! 俺の敬愛する、絵本作家のしんかま・ひろず先生が、絵本滅亡論を述べてるんだ」
「いいけどね。あんたもいい歳こいて絵本に夢中になってるんじゃないよ。大きなお友だちかい」
「なにを言うんだ! 絵本が子供のものだなんて大きな勘違いだ! シンカマ先生の絵本は、いつも尖ってて、刺されそうで面白いんだ。桃太郎が鬼退治に出かけて、鬼の協会会長に向かって『このヘタクソ』とか言っちゃうんだぞ! さらに鬼の会長の弟なんか、救いようのないヘタクソだって」
「鬼の世界にも会長がいるのかい。そんな絵本、本来の読者である子供にウケるわけないと思うけどねえ」
「いいんだ。シンカマ先生の絵本は、子供にウケなくなって、感度の高い大人に届けばいいんだ!」
「あんたはそれでいいとして、商売として成り立つのかねえ」
妻と語らっているこの、光田だという男だって、業界では知られた人間だ。
狭い業界では知名度も高いし、稼いでもいる。
なんの商売をしているか。これは人に説明がしづらい。とにかく知られている。
知ってる人は知っているが、知らない人は知らない超有名人だ。
光田はかつて、シンカマ先生と大激論を交わしたことがある。
その結果、あっさりシンカマ先生に認められたのだった。生意気なところが気に入られたらしい。
さて、シンカマ先生の発言は、さっそくこたつメディアに掲載された。
そして提携しているスポーツ新聞に掲載され、国内最大のポータルサイトに取り上げられた。
さっそく、コメントがついた。
「シンカマさん、また吠えてるよ。この人、業界で総スカンだからね」
「しんかま・ひろずの業界内評価は、せいぜい中の上なのよ。でも、自分では絵本業界を背負って立ってるつもりだから痛いんだ」
「シンカマさんは師匠離れができないもんだからねえ」
「シンカマさん、絵本業界が滅亡する前に、自分のところの師弟関係が滅亡しかけてるよ」
などと、さまざまなコメントがつく。
もちろん、光田はそんなところは読まない。
当たり前だ。こんなところで手当たり次第にコメントつけてる奴は、暇で愚かな貧乏人ばかりだからだ。
我々、実質的に日本経済を動かすエリートたちが、バカと付き合ってはいけない。
光田も、YouTubeチャンネルを持っているので、さっそく動画を撮影する。
「絵本作家のしんかま・ひろず先生がまた、業界に向けた提言をしています」
光田は、シンカマ先生について熱く語るのだった。
「シンカマ先生は、既存の絵本業界に大変なご不満をお持ちです。そして、このままでは絵本業界が滅びると、危機意識をつのらせているのです」
光田は、しんかま・ひろずを知らない人のために、その背景も合わせて語った。
シンカマ先生の師匠は、絵本界の革命児として知られた、松吉岡克(まつよしおかかつ)先生である。
松吉先生は多くの名言を残したが、中でも有名なのは、これだ。
「絵本は、人間のGoの童貞なんだ」
いささか理解が難しい言葉だが、紐解くとこういうことだ。
「人間は常に前進を続けているようだが、具体的な経験はなにひとつ得られていない。それを埋め合わせるものが絵本なのだ」
実に含蓄に富んだ言葉だといえよう。
松吉先生の絵本は、斬新な作風で知られていた。絵本の中に急に絵本作家本人が現れ、この絵本がいかに優れているか述べたりした。
斬新ではありつつ松吉先生は、かつて絵本業界の中枢にいた人である。次の絵本作家組合の会長になると目されてもいたのだ。
しかし内部の軋轢により、組合を飛び出した。
その後は、絵本業界の異端児、風雲児として活躍した。
そして後進の育成にも力を注いだことでも知られている。
数多い弟子から、多くの個性の強烈な絵本作家たちが生まれ、今でも活躍している。
弟子の多かった師匠は、弟子たちからは畏敬の念を持たれつつ、非常に恐れられてもいた。
光田は、ごく簡単な原稿を用意しただけで、アドリブで熱く語るのだった。
ただし、敬愛するシンカマ先生だからといって、べったりとコバンザメのように語ってはいけない。
これこそ、YouTuberの顔も持つ光田の矜持である。
全面的に心酔して見せるのでは男がすたる。多少、チクチク刺しながら進めていくのだった。
「この松吉先生は、なかなか付き合うのが難しい人でした。数多い弟子たちも、心酔する人たちばかりではなく、恨みつらみを持ち続けている人も珍しくありません。ただ、シンカマ先生だけは、師匠・松吉に深く心酔していたのです」
シンカマ先生は師匠から、絵本作家組合の連中と付き合うなと言われたので、忠実にそれを守っていた。
どれぐらい心酔していたかと言うと、師匠との架空対談集まで上梓していたぐらいだ。
シンカマ先生も、師匠に倣って自分の弟子の数は非常に多い。だが、あまり出世した人がいないのは違う点だ。
博識を誇った師匠と比べれば、根本的にものを知らない人であるのはとっくにバレている。しかしとうに無知が知られているのになお、知識人のフリをするその生きざまに、光田などは惚れるのだ。
あるときシンカマ先生は、自分の陰口を叩く絵本作家組合の先生たちに対し、ひそかに戦いを挑んだ。
「ひとりで面白がってるだけ」「ただのキワモノだ」という声に反発し、「えほん作家大賞」を獲りにいくことにしたのだ。
幸いこの大賞は、絵本作家組合を囲い込んでいる出版社の内輪の賞ではない。だから獲れるはずだ。
努力の甲斐あって、シンカマ先生も受賞した。
だが受賞できたのは、「えほん作家大賞奨励賞」であった。大賞には届かなかった。
それでもシンカマ先生は、この受賞をことあるごとに誇っているのだった。
光田は、シンカマ先生の半生を熱く語るのだった。
合わせて光田は、つい最近シンカマ先生が上梓した絵本のレビューをした。
タイトルは『夜のシャドウ』。
「えー、ちょっとね。本来の読者である子供さんには、なんのことかわからないタイトルなんですよね。でもシンカマ先生、最近はもう、子供たちのことは気にしてないみたいですよ。優れた絵本は、大人の鑑賞にこそ耐えるのだそうです。子供たちも、大きくなってから真価がわかるんだそうです。まあ、子供の頃気に入らなかった本を、大人になって読み返す酔狂な人はいない気もしますけどね」
「夜のシャドウ」の主人公は、森で誰よりも速く、誰よりも美しく走る孤高の黒ヒョウ・シャドウである。
そして、主人公以外はみな悪役。
森の利権を握る組合長・フクロウのドクトルや、シャドウの一味を露骨に冷遇するヤマアラシ編集長。
そして森組合のルールこそが絶対だと妄信する頭の固い古いファンたち、リクガメ集団。
これらが結託して、シャドウを森から排斥しようとしたのだった。
シャドウはなんにも悪いことはしていない。
せいぜい、森の連中について「頭が固い」「いまだに古い仕組みにとらわれている」「権威が絶対だと思っている」と陰口を叩いた、ただそれだけに過ぎない。
森の連中は、俺様のような才能もないくせに、いったい何様のつもりだ。
物語のクライマックスでは、シャドウが圧倒的なパフォーマンスで彼らの古臭い論理を完膚なきまでに論破する。
フクロウをはじめ、森のどうぶつたちはひっくり返って平伏するのだった。
最後は「真の表現者を理解できるのは闇だけだ」と、シャドウが誰とも群れず誇らしげに夜へ消えていく。
光田は語っている。
「まあ、いささか作者の怨念が強すぎるきらいはありますね。子供たち、わかったでしょうか? うちの甥っ子に読ませたら、『これ、悪役が主役になる、いわゆるピカレスク・ロマンでしょ?』と大真面目に言ってましたけどね。まあ、子供の意見なんでご容赦を。穴は確かにありますね。孤高の黒ヒョウなのに、どうして一味がいるんでしょうかね。これはファンの私にもさすがに意味不明です。そして、唯一主人公以外で悪役でない、『ドン・コアラ』。主人公に知恵を授けてくれます。これね、なんで孤高の黒ヒョウの味方をしてくれるのか、さっぱりわからないんですよ。なにか重要なメタファーな気もするのですが、唐突です。私の想像なんですが、たぶんシンカマ先生、コアラのキャラクターの野球チームが好きなだけで、お話に突っ込んだんだと思いますね。だってドン・コアラ、青い帽子被ってて、名古屋弁なんですよ。ですが、これら些細なことを気にしてはなりません。主人公シャドウの圧倒的なかっこよさにしびれてしまいました。一匹オオカミならぬ一匹黒ヒョウですよ。すごいですね」
続く