立川吉笑勉強会「横山笑吉」内容公開不可の会に饒舌ブロガーを放り込むと

ようやくどう扱うかという整理がついたので、8月2日の夜の話を出す。
久々に夜に出かけられるので、どこに行くかと。
らくごカフェの駒治独演会と悩んで、ご無沙汰している立川吉笑師の勉強会へ。真打昇進後は初めてだ。
会場は神田連雀亭。連雀亭の貸席、いろいろ検討はしたが来たのは初めて。
満員でした。

しかし。

この会は、SNS禁止なんだって。
そんな会があるらしいとは聞いていたが、こんなところにあったとは。
この会は、SNSに拡散して欲しくないことを喋るんだそうな。
知らないで来てしまった。

でっち定吉にとって、高座の模様を一切書くななんていうのは、手足をもがれたようなものである。
ちなみに、かつて「高座の模様を詳しく書くべきでない」というマナーを勝手に押し付けてきた「ごくらくらくご」も同じ会場にいたらしい。
嬉しそうに報告してた。書く内容ないのに。

吉笑師の高座は、ここ連雀亭や、渋谷らくご、らくごカフェなどで聴いてきた。
楽しいそのマクラについても、触れさせてもらったものだが。もちろんこちらの見解込みで。
別に吉笑師は、通常の会での発言をSNSに上げることを禁止しているわけではない。
内心はもちろん、知るよしもない。
「SNSに詳しく上がってること自体、本質的に嫌」なのでなければいいがと思うのみ。
そして、SNSユーザーに対抗するため、プライベートな会をこしらえたのかもしれない。

ともかく、来てしまったものは仕方ない。楽しむしかない。
だが、47分ぐらい続いた長いマクラ、特にその後半はほぼ楽しめなかったのだった。
会場にいた人たちが楽しんでいなかったなどと言わない。笑い声も自分の耳で聴いている。
だが、私には本当に楽しくなかった。これもまた事実。
断っておくが、吉笑師の高座が楽しくなかったことなどない。これがまったく初めての経験だということだ。

「ここでしかできない話」というと、下ネタとか、差別ネタとかが一般的には推測されるかも。
そうでないことは断っておく。
単に、公開されると差しさわりがある話である。

楽しめなかった原因について、私自身に問題があるのでは、と一応自問自答はしてみる。

「マクラを書くことを封じられてしまったから、いつものようにのめりこむ聴き方ができず、それがつまらないと感じられたのではないか? 他の客は、むしろ『ここでしか聴けない話』を聴けて、より楽しんでいたはずである。自分のブログを原因に、楽しめないなどと不満を持つのは、いささか傲慢すぎないか?」

これ、100%の否定はできない。
ただ、それ以前の問題に気付いた。

「ここでしか喋れない話をする」ということは、つまりどういうことか。
「マクラを漫談作品にする」つもりが演者にないということなのである。
漫談作品にならないマクラは、それは必然的に、さほど楽しくならない運命にあるのでは?
演者が話したいことだけ話しても、作品にならなければ価値は乏しいのでは?

この会場で楽しんでいたお客さんは楽しんでいたろうが、それは「よそで聴けない」という優越感に起因するだけなのではないか。
そんな気もした。
ともかく、マクラでうんざりした異物がひとりいた。
幸いというか、吉笑師はマクラを振る際は宙の1点を見据えて、視線を動かさない。
つまらなそうな顔には気づかなかったと思うのだが。

インティメイトな空間では、こういうこともある。ちょっと苦手な空気に感じる。

似たような喋り(スピーディに気ぜわしく喋る)である、柳亭小痴楽師をつい前々日に聴いた影響もあったかもしれない。
同じ系統と捉えるなら、小痴楽師がよりいいのは確か。もちろん、新作派の吉笑師、勝負はその点だけではないにせよ。

マクラを聴きながら、仲入りで帰っちゃおうかと思った。
ばばん場の瀧川鯉八独演会に出かけたときの感覚を思い出した。あのときも仲入りで帰ろうかと思ったっけ。

だが、ようやく入った本編が非常に楽しく、そして「らしい」内容であった。
吉笑落語はアイディアがだいたい強烈なのであるが、実のところそれを成り立たせているのは会話など、シチュエーションの充実にある。それに改めて気づいた。

なのでほっとした。休憩後も聴き続け、内容には満足した。
二席めは、まだでき上っていない噺を途中まで聴かされたが、これもまた楽しいものだった。落語というもの、サゲの多くは取って付けたものであり、中間の充実した噺にくっつけるものだということもわかる。
最後の噺もまた、強烈なアイディアと、しかし噺の主眼は細部にあるという、一席めと同様の構造。

吉笑師、夏のプークにも顔付けされたりしている。シブラクでも活躍中だし、聴く機会は今後もあるだろう。
この日聴いた噺も、いずれどこかで聴いてレビューし直す機会もあるはず。
少なくとも本編からは、書きたいことが豊富に湧いて出る内容だったのだ。今まで聴いた高座と同様に。

最後に、書かなくて全然いい内容をわざわざ書いて、そして修正する。
吉笑師、NHK新人落語大賞も獲ったのに、神田連雀亭か? ちょっと小さすぎるのでは?
行く前にそう思っていたのだ。
実際は、この会は小さな小屋でやる必要があるということなのだろう。

まあ、ご本人の健康のための場であり、そしてリフレッシュするならそれでいいのかもしれない。
私はこの会にはもう来ないけど。

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