牡丹灯籠の続きを観てきた。幕見である。
「牡丹燈籠」の表記のほうがいいかもしれない。
引き続き面白かったのだが、「お札はがし」で終わる前半のほうがよりスリリングではあった。
本家落語においても、「お札はがし」なしにいきなり「栗林宿」「おみね殺し」というわけにはなかなかいくまい。
もっとも、特殊な会でない限り、こんなところまで聴けないけれど。
前半と後半では、若干世界観が変わっている。
- 前半…超常現象として現れる程度に強い、人間の思い
- 後半…一線を踏み外した人間が、その後すべてにおいてとらわれてしまうさま
人間の執念や運命といった要素が描かれているのは共通であるが、前半でまかれた運命の仕込みが、後半ではすべてにおいて人を支配していく。
後半においても超常現象はあるが、少々取って付けたようである。
前半の圧倒的な恐怖とはやや異なり、あくまでも人間ドラマが主。
ここから準主役になるお国は、芝居のほうではすでに前半に登場しており、間男と一緒に主人(幽霊・お露の父である飯島)を殺している。
ついでに女中もやむなく殺しているが、これもまた因縁となる。
落語では、シーンを入れ子にする方法は難しい。芝居ならではのやり方。
後半最初のシーンが、お国と、一緒に逃げてきた間男、宮邊源次郎。
飯島の逆襲に遭ったため、宮邊は体が不自由。お国の世話になっている。
宮邊は河原に建てた掘立て小屋で暮らしている。お国は酌婦。
お国がパトロンとして大事にしてるのが、伴蔵だ。その伴蔵が現れて、宮邊をおこもさん扱いし、施餓鬼をしてやる。
なんたる屈辱。
伴蔵はお国にいたくご執心らしい。そしてその背景として、お国が武家の出であることが重要らしい。
出てきた男が、お札を剥がした伴蔵(巳之助)だということがしばらくわからなかった。わからないのが、効果的だ。
そういえば落語協会正蔵会長が、夏の寄り合いでもってこの芝居の巳之助と右近に触れたそうな。
若い人が頑張ってて素晴らしいと。
この後出てくるのが、最後の登場となる三遊亭圓朝。
カットバックで、ここまでの流れを説明してくれる。
伴蔵とお峰は、幽霊からもらった百両を元手に、栗林で荒物屋を始めて成功する。
いっぽう宮邊とお国は、殺した旦那から奪った金も奪われ、なんとかこの地にたどり着く。
圓朝がせりで引っ込んだ後の大きな穴が気になる。1階席からは見えまいが。
しかし、後ろの舞台を眺めているうちに穴が塞がっていた。
圓朝は幸四郎だが、次の場面で着替えて、馬方の久蔵として登場する。
時間が必要だが、この間、前半にも出ていたお六が訪ねてくるので、ムダがない。
お六を迎えるお峰は、亭主がよそで遊んでいて、極めて機嫌が悪い。この地はそもそもアウェイだし。
なので亭主に死なれたお六を喜んで迎える。
その後外を通る馬方を捕まえ、カマを掛けて亭主の隠し事をすべて聞き出す。
ここが実に落語。
馬方久蔵としたら、隠し事をしている負い目がある。そこを、全部知っている体で訪ねれば、残らずポロリと。
悋気の独楽でもおなじみのテクニック。
ここはまあ、原作にもあるのだが。
伴蔵とお峰の大喧嘩。
お峰が、幽霊に主人を売ったことまで喋り出すのでかなわない。
伴蔵は弱みがあるので、謝る。
いっぽう、一緒に行動している酌婦が、殺した女中の妹であることを知るお国。
さすがに打ち震える。
最後が「おみね殺し」。
ふたりは仲直りしたらしい。旨いものを食わせてもらって嬉しいお峰。
主人から奪った仏様を潰して金に換えたいと伴蔵。隠し場所にお峰を連れてくる。
栗林からも逃げて、やり直そうと言われ上機嫌なお峰。
だが、死んでくれと。
私は芝居にのめりこんで「おみね殺し」というワードを忘れていたため、結構びっくりしたのであった。
ああ、このお峰が殺されるからおみね殺しだったなと、当たり前のことを考える。
雨の降りしきる中、死にたくないので傘で防御して抵抗するお峰。
以前、「雨」の出てくる噺が落語にどれぐらいあるか考えてみたことがある。
金明竹に道灌に、笠碁、中村仲蔵。
でも結局、雨が似合う噺は、圓朝ものなのだった。
ツケに合わせて見得を切りながら、ふたり見事な立ち回り。
しかしついにはお峰も池に捨てられて一巻の終わり。
と思いきや、超常現象により舞台を引きずられて這い回る伴蔵。
一気に引きずられて舞台を滑るのは見事である。
水の下から死んだはずのお峰が出てきて復讐。
あ、ここで終わっちゃうんだなと。
原作はまだまだ続く。高座で掛けているかどうかは知らないが。
面白かったが、前半から通しで観たほうがいいかもなとは思った。これだけ観にくる可能性もあったので。
どちらか観たいなら、前半だけがいいと思う。落語好きには特に。
この次の、「らくだ」も気になっているのですが。
歌舞伎は、とりあえず10月には忠臣蔵があるので、また来ないといけません。
芝居も楽しい。