「先輩、ちょっといいですか」
「ん、なんだ」
「先輩は投資に詳しいらしいですね。ぼくもちょっと興味があるのでお話うかがえないかと」
「投資に詳しい？ まあ、そうだね。人からは歩く投資ジャーナルなんて呼ばれてるがな」
「なんのことかよくわかりませんが。先輩の投資はどちらの方面ですか？」
「そうだね、株や仮想通貨より、俺が得意なのはRXだね」
「RX？・・・FXじゃないんですか？」
「違うよ。外国為替じゃないんだ。RX、知らないかい」
「えーと？ Xはエクスチェンジですよね。Rは？ なんですか？」
「Rは落語だ」
「は？ 落語？ あの『するってえとなにかい』ってやつ？ 『いよっ、ようよう』とか言ってる？ あのひとりでつぶやいてる、ブームとか言われながらずっと静かなブームの？ あれがなんで投資に？」
「知らないのなら教えてやるよ。落語にも相場があってな。為替レートの差益でもって儲けられるわけさ」
「落語に相場が？ じゃ、取引市場があるわけですか。全然知りませんでした」
「まあ、知る人ぞ知る投資だからね。FXの場合は、通貨のレートで差益を得るわけだろ。RXにも、レートがあるわけだ」
「えーと、どういうことでしょうか」
「たとえばな、落語協会と落語芸術協会だ。今、だいたい『1落語協会＝0.5芸術協会』ぐらいで取引されてるわけよ。これは四大寄席と国立演芸場の、15:8という席数の比率から来る数字だ」
「はあ」
「だいたい、月の21日以降になると、芸協相場が下がるんだ。大の月の31日になると、だいたい下落する。芸協の人は仕事がないんでな」
「なんだかよくわかりません」
「まあ、そのうちわかるよ。席数以外に人気の問題もあってな。ちょっと落語協会のほうが高めに値が付いていたわけだ。だが芸術協会の『成金』あたりからちょっとレートが変動してきたんだな」
「あ、ちょっとわかってきました。芸術協会を安いときに買って、高いときに売ると儲かるわけですね」
「そのとおり。逆に、落語協会を高いときに売って、低いときに買うでも差益が出るわけだ。株だと逆張りというものだが、RXの場合はこれをスムーズに取引できる」
「なるほど。では、RX相場はどういうときに変動するんですかね」
「たとえば、落語協会は寄席からコロナが出たからいま下落してるね。芸術協会は、桂宮治の抜擢真打昇進があるから上昇トレンドだ。ただ、このままということはない。また動くだろう」
「すると、落語協会と芸術協会の相場が、RXのメインなわけですか」
「いいや、他にもたくさんあるんだ。立川流と円楽党の相場なんてものは大して動かないけどな、よく動くのは東京落語と上方落語の相場な」
「はあ」
「戦後ずっと東京落語のほうが高い値を付けてるんだが、たまに上方落語がブレイクするから、そこに差益が生まれて面白いわけだ」
「なるほど」
「たとえばNHK新人落語大賞で、ここ数年上方勢がよく優勝してるから、上昇トレンドにあるわけだ。出場枠も増えたしな。でも2020年は混乱したぞ。優勝した笑福亭羽光が、東京の上方落語なもので、相場がよくわからない動き方をしてたよ。芸協の相場のほうはもちろんまっすぐ伸びてたけどな」
「うーん、なんだか初心者には難しそうですね。落語と投資と、両方を勉強しないといけないんですね」
「まあ、それはどんなジャンルでもそうだよ。それに、まだまだ相場はあるぞ」
「まだあるんですか」
「あるある。次の落語協会会長相場とかな」
「へえ、人事でも相場が立つんですね」
「そう。大方の予想は副会長の林家正蔵なんだが、俺は同門のたい平が来ると思ってる」
「競馬みたいな要素もあるんですね」
「あと、いい名前を誰が襲名するかの襲名相場な」
「と、いいますと」
「三遊亭圓生という大きな名前があるんだが、これを誰が襲名するかで相場が立つ」
「どういうことですか」
「三遊亭鳳楽という人が継ぐはずだったんだが、横槍が入ってな。三遊亭でも円丈、圓窓が出てきてちょっと盛り上がった」
「それはどうなったんですか」
「争った人たちがみんな高齢でしばらく静かだったんだが、ここに来て円楽が色気を出していてな」
「円楽というと、あの笑点の腹黒の人ですね」
「まあ、話半分かもしれないな。他にも志ん生相場とか、志ん朝相場とか、談志相場とかが動いてるね。圓朝相場みたいな取引が少ないのもな」
「いろいろあるんですね」
「上方では、米朝相場な。あと、地味なところだが三枝相場もちょっと動いてるな」
「なるほど、ぼくも名前を知っている人ばかりですね」
「あとは、大きな声じゃ言えないけど闇相場も立ってる」
「闇相場？」
「もうじき逝きそうな人の名前で相場が立ってるのさ。さすがに生きてる人だと公の相場は立てられないから、闇でやってる」
「えー、どんな名前があるんですか」
「じゃ、ここだけの話だが、＊＊＊とか、＃＃＃とか・・・」
「わお」
