スタジオフォー巣ごもり寄席8(中・三遊亭兼太郎「黄金の大黒」)

思い出したので追記するが、兼太郎さん、満員の客を見て「すごいですね。他に行くところなかったんですか」。
こんな言い方してればまるで不快感はない。演者がバカになって言葉を発しているからだ。
だが同じ状況で「仕事はどうした」と疑問をぶつけ人を不快にさせる愚かな演者もいるのだ(ヒルハラ)。

兼太郎さん、遊かりさんが二ツ目昇進の際、ばっちりメイクで高座に上がり、なんだか妙になまめかしい「つる」をやった話。
さらにお気に入りの3人目のおねえさんとして、団体が違うのにやたら出くわす神田紅純さんを振って本編へ。

大家から呼び出しを受けて、店賃の催促だとうろたえる長屋の住人。
この季節だと、長屋の花見ではありえないので、黄金(きん)の大黒。
師匠・兼好のものを聴いたことがある(テレビだったか)。
似ているというほどでもないけども、「羽織を持ってるか」の質問に「ハイ」と手を挙げるあたりが師匠譲り。
そういえば、一席目のきよ彦さんにも、彦いち師の語りがところどころ入っていた。噺を教わるっていうのは面白いもんだなと。

長屋の連中の2人目の口上に挑むのは松ちゃん。松公なんだろう、与太郎キャラ。
でたらめ口上を披露して大家に「長生きするね」と言われると、嬉しそうに「青竹踏んでますから」。
おや、これ春風亭一花さんから聴いたクスグリ。どこから来てるのだろう。

黄金の大黒は、めでたいから披露目では重宝する噺。
だが、平場ではそんなにバカウケというのは見たことがない。いかにも楽しそうなのに、なぜか。
そんな噺だが、兼太郎さんのものが見事な完成系で驚いた。
長屋のワイガヤ噺というもの、登場人物の個性は記号的である。キャラは相互置き換え可能。
ここに、建具屋の半ちゃんみたいなくっきりしたキャラを入れると、浮世床のごとく骨格が変わってくるのだが、そういうことはない。
黄金の大黒だと、個性は他の噺よりもやや強く感じられるけども、強調しすぎるものでもない。
このほどのよさが絶妙。
火事場で拾った3枚の羽織を継ぎ合わせた珍妙な羽織で口上に挑むバカゲーは、番頭さんの無茶振りによるもの。
だが、番頭さんも描写が短く、軽いので、噺にヘンなアクセントは加えない。
ちょっとだけ個性を持った長屋住民が集団コントに挑むのが、黄金の大黒の真骨頂。

ちなみにフルバージョンだった。
バカ騒ぎを見てトコトコ歩き出した大黒さまは、男ばっかりでむさくるしいので弁天を呼んでくるんだそうな。
兼太郎さんの今まで聴いたベストであったし、そして黄金の大黒のベストでもありました。

トリは立川吉笑さん。
このスタジオフォーでも我々立川流の寄席が始まりました。
今日の二ツ目の会は、楽屋も楽しいんですけども。立川流の会だと腫れ物に触るように接する人が数人いまして。
いえ、全員ではないですけども。

吉笑さんが語っていたわけではないが、ここ巣鴨と梶原で立川流の寄席が増えたと思ったものの、広小路の夜席5日間がそっくりなくなるそうで。
昼席も1日になるとのこと。
日本橋亭は休業するから仕方ないが、なんだかピンチっぽいですな。

マクラはこれだけで、江戸の古典落語設定の噺へ。
もっとも、古典落語の空気ではない。
朝から熊さんが、八っつぁんを訪ねてこの間貸した金、要りようができたから返してくれと言っている。
だが八っつぁんはなにを言ってやがるんだと。
カネは確かに借りた。借りたものは返すべきもの。これは異論ない。
だが俺の知っている熊は、そんなこと言うやつじゃない。カネを貸すなら最初からくれてやったと思うやつだし、なんならまだ追加で持ってけと言ってくれる、さっぱりした江戸っ子だ。
ひょっとして、俺が間違っているのかと気持ちのゆらぐ熊。
八がいう。ちょっと待て、俺の中の熊に、熊がどういうやつが訊いてくる。
といって、八っつぁんは一人でカミシモ振って、脳内の熊を尋ねにいく。脳内の熊に借金返すべきか訊くと、何言ってる、そんなこと俺は言わない。なんなら追加で持っていけ。
一部始終を見ていたリアル熊さん、なんだよそれは。
だいたい、お前の中の俺は俺じゃないだろ。
いや、俺の中のお前はお前だ。ドンブリ鉢に盛られたこしあんをすくって、皮に包んだら饅頭ができる。この饅頭の中のアンはドンブリ鉢のアンと違うか? 粒あんになるか?

インテリがこじらせすぎて作った究極のメタ落語。
頭が良すぎておかしくなった人の新作落語。

あんまり詳しく説明するものでもないのだが、続きます

 
 

作成者: でっち定吉

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