「本寸法」とは・・・説明できない要素を説明したことにする便利なことば

検索ヒット狙いシリーズです。
2日続けた<落語における「寄席」とは>は、2ページ目まで上がってきたところ。

本当は「落語における本寸法とは」といったタイトルにしたほうが、それこそ検索ヒット狙いの常道、つまり本寸法なのだけど。
それじゃつまらない。

本寸法は、落語の用語。落語と無関係に使うことはほぼないことば。
「この8回の勝負どころは、スクイズが本寸法ですね」なんて解説はない。
よく似た言葉を探すと、「本格派」が近い。これは世間一般で使うことば。
余計なギャグや展開を入れず、古典落語自体の持つ面白さが高座から漂ってきたときに「イイねえ、本寸法だねえ」と言っておくと、それっぽい。
まあ、マジックワードの一種である。
マジックワードであるがゆえ、私は好んでは使わない。
「面白古典派」などと対比する意味では「本格派」を用いることが多い。

柳家小もんさんが「たがや」で花火の掛け声について、「火が水に落ちるまでやるのが本寸法」と語っていた。
古典落語において、頻出の用例ではある。
この際、「ほんずんぽう」と濁って発声していて驚いた。さすが禁酒番屋で「水ガステラ」と発声する小里ん師の弟子。
驚いたが、一応は「ほんすんぽう」と読むものとして進めます。

「本寸法」とは噺家をして、茶々を入れたくなる言葉らしい。だから新作落語でも妙によく登場する。
自分たちは本寸法ではないという自虐と自負を表すのに、本寸法は便利である。
本寸法の新作落語なんてものは、ないな。新作は、必ずなにかしら既存の価値感を裏切るところからスタートしているからして。
しかし、その際に用いる本寸法とは、尽きるところ何なのか。

古典落語を入れごとなく、余計なクスグリに頼らず演じると本寸法とされる。
だが、ここからしてもうおかしい。
落語好きなら、古典落語はテキストで伝承されているのでないことを知っているだろう。
「台本」があると思っているのは初心者だけである。
台本らしいものは、演者自身が覚えるために書き残したテキストと、市販されている速記本しかない。
速記は、その演者がそうやったというだけのものであって、これを一言一句喋れば誰でも再現できるという性質のものではない。
となると、本寸法だねと評したところで、それはなにかを忠実に「なぞった」ものではあり得ない。
理念上でしか存在しないテキストは、なぞれないし。
師匠の口演を再現しても、それはモノマネに過ぎない。本寸法かどうかという以前の話。
「余計な要素に頼らない」ことを説明している言葉なのに、頼っているはずのものの正体が見つからないという不思議。

オリジナリティのない芸など、芸ではない。
オリジナリティ溢れる芸を目の当たりにし、感動しているのに「本寸法だね」と語るのが、この世の不思議。
それは本質的に「変えてない」という意味合いであるからして、矛盾もはなはだしい。

入れごとなく、余計なギャグなく、まっすぐに古典落語を演じ、そしてつまらない(なにか物足りない)。
こういうことも、ちょくちょくある。
オリジナリティの発揮の仕方を誤ってしまったのだ。
こういう薄口の芸を本寸法と評すると、ちょっと違う気がする。これは、名人の芸の劣化版に過ぎない。
ただ、じゃあギャグのひとつも入れればよかったか、そういうことではないだろうけど。
客の価値観を裏返すクスグリでもない限り、効果も薄いし、結果は大差ない。

客の感動が、一席の方向性とぴったり一致したときには、「いいねえ、本寸法だ」と言いたくなるかもしれない。
だが、その一席には必ず、演者の強烈なオリジナリティが発揮されている。そのことをお忘れなく。
残念ながら、感動はしたけどもオリジナリティがなんなのかがわからないわけだ。テキスト(理念上の)の逸脱もないとするなら、なおさらだ。
だから、感動に真に迫りたいのであれば、そのオリジナリティを掘り下げて、言語化しなければならない。
別にしなきゃならないわけではないけど、真に迫りたかったらそうするしかない。
だから「本寸法だ」で思考停止しちゃいけませんよ。

理念上のテキストの逸脱もなく、価値観の逆転もなく、気の利いたクスグリもない。
それでも感動する高座は、確かにある。いや、目に見える要素がないからこそ、むしろ高い感動をするのかもしれない。
その正体に迫っていきたいものだ。
まあ、少なくともその高座には「演者の想い」が溢れていたはずだ。それは間違いない。

作成者: でっち定吉

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