池袋演芸場34 その4(桂あやめ「セールスウーマン」)

仲入り休憩を終えて幕が開くと、奥のふすまが開いている。
開いたふすまの先にあるのは、ただの壁。
この景色を観るのは昨年末以来二度目である。坂本頼光先生のときだけ開いて、壁がスクリーンとなるのだ。
プロジェクターだけ置いた無人の舞台に、頼光先生が登場。ちなみにプロジェクターには右から「活動写真」と書いてある。
挨拶して、幕が開いて現れたメクリを見ると、「蝠丸」となったまま。
ああ、用意が特殊でやること多かったからか、スーパー前座の夢ひろさん、しくじった。
頼光先生慌てず、「私が活動弁士の坂本頼光あらため、坂本ふくまるです」。
と言って、自分でメクリを替える。

池袋では、開けたら壁の説明からスタート。
ちなみに、ふすまの向こうに小部屋があるとすると、ふすまの上部が前に張り出し過ぎで不自然な構造。上の壁がそのままふすまの奥に下りてくるわけである。
池袋だけは、スクリーンを持ってこなくていいので出勤が楽なのだ。

この後出る桂あやめ師の話。
頼光先生、今では芸術協会に加えてもらって東京の寄席に出ているが、それまでは活動場所が少なかった。
上方の繁昌亭や喜楽館には出してもらえた。
今着てるフロックコートは、あやめ師が斡旋してくれたもの。
あやめ師は宝塚大好き芸人なので、劇団員ともお付き合いがある。このコートは、男役の役者さんの誰かが来ていたものだそうで。
かなりサイズ大きいとのこと。

天満天神繁昌亭に出たときは、楽屋が噺家と一緒。
さすがに居心地いいとはいえないので、目の前の喫茶店で、本番ギリギリまで時間を潰す。
そこに入ってきたのが、かつてご一緒した桂文福師。私の顔を見るなり、「あ、活弁さん、活弁さん」。
本番ギリギリだというのに、名物のカレーをごちそうしてくださった。

さすが活弁、喋りのプロだけあって、噺家さんのマクラより上手いんじゃないかと。
こんなにマクラ喋るんだと驚いた。

この日の活動写真は戦前のアニメーション、「日の丸太郎 武者修行の巻」。
一度浅草お茶の間寄席で観た。実に楽しいナンセンスアニメ。
悪者に娘をさらわれ、飛んできて土に埋まるお婆さんを放置し、悪者を追いかける日の丸太郎。
ツッコミどころを多数残してあるのが好き。
悪者は馬で逃げるので、牛で追いかける。時として重力を無視し、谷を超えていく。
敵の要塞について、並み居る敵を次々真っ二つにしていく日の丸太郎。
時間が押していたのか、早めに切り上げる。
池袋はプロジェクターを持っていくだけなので撤収も楽だ。

しくじった夢ひろさんがふすまを閉め、見台、膝隠しを持ってきて据え付ける。
上方ゲストの桂あやめ師。
この師匠の高座に初めて出会え、私はとても嬉しい。

ジェットスターで成田に出て、やってきた。初めて使うルートだそうだ。
空港では外人さんたちの後を追い、成田エクスプレスで池袋へやってきた。ただ3,500円ぐらいして、結局合計で新幹線のほうが安かったとのこと。

私もジェットスターで成田から大阪へ行こうかとずっと考えているのだが、さすがに成田エクスプレスはいけません。
成田からは、大崎駅に1,000円のウィラーのバスで出ればよかった。そこから埼京線で池袋は1本だ。

見台使いますかと楽屋で訊かれたあやめ師。
使わない人もいますし、噺によっては邪魔になるので使いません。
ただ新作落語のときは場面転換に便利なんですね。パシッ、5年後、とか簡単ですから。
せっかくやから出してもらいまして。
ただ、この小拍子がしばらくみつからないと言われました。マイ小拍子を今日は持ってなかったんですが、結局出番直前に見つかったそうです。
たぶんですけど、傾いた机の下敷きにでも挟んどったんでしょ。ちょうどええサイズなんで。
東京の寄席の見台は、鯉朝師匠が作って入れてくださったもんですね。

デパートの化粧品売場が舞台の「セールスウーマン」。
あやめ師の代表作の一つのようだが、私は初めて。
新人の化粧品アドバイザーが、客のコンプレックスを刺激し、いかに褒め上げて化粧品を買わすか、そのレクチャーを受ける。
先輩が女子高生を捕まえ、ニキビ治療薬をいかに買ってもらうか実演する。
あらかじめ新人にレクチャーした通り、まずは褒めて、しかしニキビの傷をえぐり、あっという間に一丁上がり。
新人がその手際の良さに驚いている。
新人は年齢の離れたほうがいいと年配女性を捕まえてみるが、敵のほうが手強くて、保険商品を契約させられてしまう。

こういう現実に立脚した噺は、うっかりするとすぐグズグズになるもんだ。東西問わず。
だが、あやめ師の語りは古典を含めた落語世界の中で極めてナチュラル。
なんとか買ってもらうための努力が、共感を呼ぶからだろう。
化粧品を売りつけようとしてあべこべに保険に入らされるあたり、私が新作で重視する「飛躍」要素も多少感じる。

新作で生き抜いてきた人の高座はすごいや。
そしてしなやかなのに、あやめ師とても強い。上沼恵美子もびっくり。
東西合わせて女流も増えたが、あやめ師の足腰の強さは特筆すべきものだと思った。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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