戌年になると、やたら元犬が掛かるものである。
この習慣はなかなか根強いようで、2018年の戌年もやはりそうだった。元犬ばかり聴いていた。
この年は「鴻池の犬」も数回聴いた。犬の目はちょびっと。
喬太郎師が新作「バイオレンスチワワ」を出したのも、戌年に犬の落語をやりたかったからみたい。
しかし戌年が終わり亥年になると、猪の落語なんて「弥次郎」「二番煎じ」「池田の猪買い」ぐらいしかなかろう。
人気の薄れた前座噺と、正月ムードはない季節ものと、上方限定の噺。
あっという間にもう、干支の落語をやろうという風習など薄れてしまう。
私は全部好きですが。
他の干支のときも、できるだけ演目を探してやりたくなるのはあるみたいだ。
2026年は午年だが、馬の落語がやたらと増える気もしないものの、馬の出る落語なら多数ある。
でもこの話は来年末に。
巳年の落語ってなにがあったっけと思った。
まあ、ヘビは十二支の中ではそこそこ出るほうだ。
ただ、まっ先に思い出したのは、志ん生の実にくだらない小噺シリーズだった。
「ヘビなんてえものは、昔はこう、『ヘ』なんて言ったもんですな。『あ、見てごらん、ヘが行くよ』ってなもんですな。これがだんだん長くなって、こう、ビーが付きましてな。ヘビになったん」
意味がわからん。
「ヘビからこう、血が出てましてな。ヘービーチーデー」
ってのもあったはず。
ウワバミ(漢字て書くと、蟒蛇)でもある。
「兄貴、うわばみはなんでうわばみって言うんだい」
「あれはなあ、ほら、こう、うわがこう、ばむんだよ」
「そうかあ、ばむのかあ」
知ったかぶりの小噺。なんだかわからんがすごい。
もちろん、ちゃんとヘビの落語はありますので。
だいたいは大蛇である。異形のものとしてこの世界に出現してくる。
まずはそば清(または蛇含草)。
人間を呑み込むうわばみと同程度に異形のものが、蛇含草という魔力を持ったアイテムだ。
最近は、珍しく東京で蛇含草を演じる瀧川鯉昇師が、タイトルである蛇含草も、うわばみも出てこないバージョンを掛けている。
異形のものが2段階でこの世に出現する構造の落語から、異形のものをばっさりカットしてしまう離れワザ。でも面白い。
うわばみがもっと印象的なのが「夏の医者」。
私はすごく好きな噺なんだけども、季節ものだし、年1回聴けるかどうか。
ここ5年で3回聴いてるのだが、たぶんよく遭遇してるほうだと思う。
2025年は聴けるかな。でもタイトル通り夏の噺で、掛かるころには干支のことなんかもう忘れてるのだな。
でもきっとどこかで誰かが、正月のうちにやると思う。
小春日和の時季からできる噺だと思う。
田舎ののんびりした風情が楽しく、いっそ季節をとっぱらってもいいんじゃないかと思うが、サゲ替えないとダメでしょうな。
うわばみに、医者の先生と一緒に飲み込まれるというシチュエーション、なかなか得難いものだ。
あとは田能久。夏の医者よりはずっと掛かる印象。
子供のほうがよく知ってる昔ばなし。
上方落語ではあまり出ないようだが、もっとやってもいいんじゃないか。
直接的な笑いどころが少ないというのは、掛からない理由としてはあるだろう。
人間の役者が七変化により異形の大蛇を欺くという、痛快な落語。
スリルはあるわ教訓はあるわ、なかなかの大作。
ヘビの落語は、だいたい異形のものであって人間に害をなす。
饅頭こわいのテっつぁんだったら、風邪気味のときに頭に巻いたり、ウナギの代わりに食っちゃったりする。
でも白蛇だったら、弁天さまの使いである。
ヘビを主要人物にした落語も作れそうな気がするのだが。
品川区に「蛇窪神社」というスポットがあり、2025年は非常に人気を集めるものと思う。
この地はかつて「蛇窪」という地名が地元に嫌われた。確かにぬめぬめしている。
東急戸越公園駅も、蛇窪を改称したものだ。
住居表示は「品川区二葉」。特に面白くはない。
蛇窪神社も長らく上神明天祖神社だった。
本来対になる下神明天祖神社の静けさを尻目に、蛇窪神社は大人気。
商売熱心な(褒めてるのである)蛇窪神社のために「戸越の白蛇」という落語でも作って売り込もうか。
この近所の商店街は、街灯も白蛇になってます。
荏原七福神も祀られている。ここはもちろん、弁天さま。
現在タワマンも建ち、高架化、下を貫く道路の新設が予定されている戸越公園駅であるが、いずれ「蛇窪」への復活を目指す住民運動が起こるのではないだろうか。
変なところに着地してしまった。
三遊亭白鳥師に「恋するヘビ女」という新作があるが、これも巳年に作ったのかもしれない。違うかもしれない。