歌舞伎座で仮名手本忠臣蔵 その2(四段目)

昨日の初日は五段目六段目を観た。
ひとつ書きそびれたことが。
五段目で勘平がひとたび引っ込んだあと(二ツ玉の場)、舅の与市兵衛が夜道をトボトボ歩いてくる。
この際の浄瑠璃が、「直ぐなる心、堅親父」(すぐなるこころ、かたおやじ)。
ああ、これだと。
上方落語の「軒付け」でもって、毎度おなじみアホの喜六(たぶん)が浄瑠璃を客前で語る。
どんな具合だったか「当たったか」と訊かれると「当てられた」。
めちゃくちゃな浄瑠璃のとどめに「直ぐなる親父、堅親父」と親父を二度語ってしまう。
結局みかんのヘタやら芋の皮など当てられるという。

浄瑠璃が耳に入らなければそれまでであったので、なかなか嬉しい。

さて二日目の3月5日も、午後チケットの状況販売を見てみたら四段目の席があった。
結局2日連続で出かけてしまう。
五段目六段目より時間がちょっと短いので、1,500円。手数料は同じく110円。

余裕を持って出かけたのだが、接続電車が若干遅れる。
それでも電子チケット記載の時間には間に合ったのだが、なんともう始まっていた。
13時20分の認識でいたが、飛んできた係員の手には13時13分開始とある。
幕の開始時刻がファジーなものとはいえ、やられた。

というわけで、通称「通さん場」という四段目に、途中で通してもらう羽目となる。
暗い階段で案内してくれた男性スタッフの靴を踏んづけてしまい、彼の靴が脱げていた。ごめんなさい。
前を横切らせていただいた外国人のお客さまにもごめんなさい。

電子チケットにも「早めに来い」と書いてあるから、文句を言えたものではない。
幸いというか、塩冶判官が舞台の後ろからちょうど出てくるところだった。
トイレも行きたかったのだが。これは平気だったけど。
そして、狭いから上着を脱げない。
暑いまま我慢するのであった。

とはいえ、無念の切腹をする塩冶判官に比べれば、暑いぐらいどうということはない。
判官は、初日に寛平をやっていた菊之助。
初日はAプロ、この日はBプロ。
ところでこの言い方何とかならんのか。
やはり「一ノ組」「ニノ組」じゃないですか。それは二番煎じか。

四段目はもちろん「よだんめ」。
四代目なら「よだいめ」。東京の噺家で四代目というと、薩摩のパワハラ顔面殴打敗訴師匠である。いや、関係ない。

落語で「四段目」というと、芝居が好きすぎて仕事サボって芝居を観ている小僧の定吉の噺。上方では同じ噺を蔵丁稚という。
四段目、いま一番面白いのは遊雀師じゃないでしょうか。

そしてもうひとつ、四段目をうまく演じられない役者を描いた「淀五郎」。
五段目をブラッシュアップした中村仲蔵も、名コーチとして活躍する。

この二つの噺でもって、私の脳内四段目ができあがっている。
極めて偏っている。
淀五郎なんて、花道を使った舞台すべてをフル活用する噺だ。落語のためにも観て本当によかった。

芝居の舞台に現れるのは、切腹見届けの役を仰せつかった二人。
心優しき石堂右馬丞と、真っ赤な顔に塗られた悪役、薬師寺次郎左衛門。
イヤミな薬師寺は、上方の蔵丁稚では必ず言及される印象。

お殿さまの切腹に立ち会う家老の斧九太夫は敵への内通者。
五段目の悪役、定九郎の父である。四段目でも定九郎の名はちょこっと出てくる。
この人は落語では一切言及されない。なので私の脳内にはいなかった。

国家老大星由良之助の到着を待てずお腹をお召しになる判官の造形は、変な話だが私にとっては落語の再現なのであった。
四段目(落語)でも、淀五郎でもこのようすは詳しく描かれている。

そこに花道から急ぎ駆けつけた由良之助(尾上松緑)。
淀五郎では、花道の由良之助はだいたい右手(下手)を向く。
金原亭馬太郎さんだけは逆だった。
長らくこれが引っかかっていたのだが、実際の舞台を観るとどちらも成り立つなと。花道から斜めに対峙するので。
ただ、右手向くほうがやや自然だろうか。

花道からすでにお腹を召した殿。おいたわしや。
石堂に近う近うと呼びかけられ、駆け寄る由良之助。

「淀五郎」では、團蔵の由良之助はここから動かなかったのだ。そりゃいささか薄情に見えないことはない。

この際、袖口から家臣たちがどっと入ってきて、そちらに目をやり、気づくと由良之助も殿のお側にいる。見逃した。
なるほどと。落語で淀五郎がふっと目をやると團蔵が側に来ている。
こういうことだったのか。

ところで、淀五郎も四段目も、落語は「待ちかねた」で終わってしまう。
この先は一切私の頭にはない。
この先結構長いのだなと思った。暑苦しくてしんどいが、早く帰りたいわけではない。

伝言を残し絶命した殿の遺体を優しく整えてやる由良之助。
封建時代の主従関係なんて実生活ではまったく顧みない私も、グッときます。
そして血気にはやる若侍たちを懸命になだめ、逆襲までじっと我慢の子。
由良之助は明け渡した屋敷の前でグッとこらえる。

今回の三月大歌舞伎、あと七段目を観れば、予定はコンプリート。
ただこちらは行きづらい夜の部であり、あまり興味のない十一段目もついている。
それでも落語にやや優先させたいと思っています。