一度引っ込んだ小燕枝師が、腰掛けを持ってきて高座に据え付け、袖からの指示に従い座布団を持って下りる。
よっこらしょとトリの桂文生師登場。階段を登るのが実に危なっかしい。
そしてどっこいしょと腰掛ける。正座はできないようだ。
そして、膝に風呂敷を掛けてもらう。風呂敷には、「柳家小さん」「春風亭柳昇」「桂枝雀」はじめ、噺家の名前が無数の千社札として描かれている。
お見苦しいところをお見せします。
袴が破けちゃいましてね。こうやって隠しますが。
落語研究会が作ってくれたものです。
私は昭和14年生まれです。なのでいくつになりましたか。86でしたか。
ずいぶん長いことやってきました。
私があるのも黒門亭のおかげです。
私が入門して最初にお世話になったのが古今亭今輔師匠ですね。お婆さん三代記の。
この人は長唄が得意で、出囃子なしで袖から唄って高座に上がり、そのまま「馬の田楽」に入りました。
四代目の柳家小さん譲りだそうです。
今輔師匠には気に入っていただけたようで、私にも馬の田楽をやりなさいと言ってくださって。教えてもらいました。
ありがたいことに、今輔師匠の鈴本のトリのとき私の出番がありまして。
早い出番ですが、そこでやりなさいよ。聴くからと言ってもらえました。
これからも、私の教えた噺は私の前でやりなさいよと。
面白いのだが、次の知識の前提がないとわかりにくい。
- 五代目今輔の家はここ黒門町にあった
- 文生師はもともと芸術協会であった
- 昔は鈴本に芸術協会も出ていた
そして、今輔が四代目小さんの弟子であった事実はなさそうだ。
三代目の弟子ではあったが。
私がネタ帳付けてたら、今輔師匠から、君は書道の先生なんだってと訊かれました。
はい。師範です。
なら、うちの息子の習字の面倒を見てくれないかと頼まれて、お宅に出入りするようになりました。
字がうま過ぎたり、頭が良過ぎたりすると嫌がられるので、普段は隠しておいた方がいいよなんてアドバイスもらいました。
今輔師匠、娘さんを私に嫁がせたかったんですね。
でも断ってしまいました。
今輔師匠に言われました。女なんて顔じゃないんだよ。確かにうちのはブスだけど。君はきっと綺麗な奥さんと結婚して、短い人生を送ることになるね。
その後、自分で見つけた女房と結婚することになりまして。約束ですから今輔師匠に見せにいきました。
君は長生きするねと言われました。
今輔師匠のお宅はこの黒門町、文楽師匠のすぐお近くでね。
私も最初、文楽師匠のところに入門したかったんですね。
ただ、弟子の圓鏡さん(※孫弟子の八代目橘家圓蔵と思われる)が、朝から夫人に大声で怒鳴られてるのを見ますとね。務まらないなと思って。
噺家の名前の風呂敷を見回して、話す対象を探す文生師。
歌丸さんは売れましたね。
笑点では小圓遊さんとカタキになってまして。これは人気ありましたね。
今だとたい平くんと誰かカタキになってるんですか(※今じゃないですがね)。
三遊亭金馬師匠(三代目)ね、この人はいつも怖かったですね。
東宝名人会でお会いしまして。
この人は、東京大空襲でみなし子になった香葉子さんを養女にしたんですね。
焼け出された香葉子さんが佇んでいたのに声を掛けて、見かけない子だがどうしたい。
親が死んだというので、気の毒だね。おじちゃんの家に来なさいと。
三平さんに嫁ぐときは、金馬さんが俺の認めた男でないと承知しないと。
名字もなしに香葉子さんなんて人名が急に出てくるのだ。なかなかハードル高い。もちろん海老名です。
「戦災孤児の香葉子さんにたまたま声を掛けた」はフィクションではないかと思うけど。
枝雀さんね。
私、枝雀さんの落語を真似してるって言われたことがあるんです(※誰に?)。
実際にお会いしてみたら、まあ変人でしたね。
米丸さん。この人はどっか行っちゃいました。
円丈さん。この人はキチガイですね(客爆笑)。
小遊三。これはどうでもいいです。
いやいや、売れましたねこの人は。落語上手くてね。
小遊三は、歌丸さんの真打昇進パーティーが精養軒であったときに、コート係の女性を捕まえてカミさんにしたんですね。
あ、私この男を往復ビンタしたことがありましたよ。
私のアパートの並びに、銀座のホステスさんが住んでたんですね。いい女でした。
遊びに来てた小遊三が、ホステスさんが帰ってくるのを見つけて、いい女ですね、どなたですか。
これこれこうだと言ったら飛び出していって、どうも私、いい女にお目にかかったらあいさつせずにはいられない性分でして、以後お見知り置きを。
さすがにこれはビンタです。
小遊三が偉くなったのは私のおかげです。
小遊三師は今頃、浅草でトランペット吹いてるなと(にゅうおいらんず)思いを馳せた。
小朝さん。
この人は立派です。
13人抜きで真打になってね(※36人抜きです)。
師匠が柳朝さんでね。
小朝さんの兄弟子が一朝さんで。一朝さんも抜かれたんですね。
一朝さんは歌舞伎のほうで笛吹いてまして。そっちをやり過ぎて。
師匠が怒っちゃったんですよ。落語に戻ってこねえと。
あいつより小朝を先に真打にするって宣言しまして。
一朝師が師匠を怒らせたなんて全く初耳。今目に入る文献では、柳朝・一朝の師弟は極めて円満だったというものしかない。優秀な師匠である一朝師も、師弟関係のありようを師匠から引き継いでいる。
しかし一朝師が歌舞伎座で笛を吹いていたのは事実であり、それで師匠が怒るなんていかにもありそうだなとは思った。
木久蔵さん、この人はまだ頑張ってますね(※木久扇師)。
風呂敷には目立つ位置に「春風亭柳昇」とある。
だがこの人には触れないんだなと思った。文生師(と文朝、南喬)が、鈴本演芸場に出るため落語協会に移籍した際、柳昇は激怒したはず。
えー、今日は「青菜」をネタ出ししてるんですけども、昔の話してたらこんな時間になっちゃいました。何時まででしたっけ?(※4時15分まで)
ああ、もう時間ですね。
すみません、青菜は次回やりますので今日のところはご勘弁を。
これね、ほら袴破けちゃったんですよ。このままじゃ上がれないのでこうさせてもらいました。
実に楽しい一席でした。
文生師の語り自体史実に適合していないものもあるし、それを覚えて帰ってきた私の記憶にもブレがあるかもしれない。
資料として使うのはやめたほうがいいと思います。
改めて青菜出すときも来ようかな。もう青菜は次の夏まで出せない気がするが。
文生師に「快気祝いです」とお花を渡す女性客。近所なんですとのこと。
落語協会そばのローソンイートインで、初日の記事を書いてアップした。
レジの男性スタッフが、「声が出しづらいのでご迷惑おかけします」と首から札をぶら下げていて、途切れ途切れの変な声で接客していた。
声が出ないなら出さなければいいのに。そうも行かないんでしょうか。
座ったら、隣の男はスマホでずっと誰かを詰めているし。
世の中落語で溢れてるなと。
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