ミラクル粗忽ワールドを、日常生活から切り離すやり方ではなく、この人ならではの普通で語ってしまうのが小ふねさん。
三太夫が自分のミスを部下に「たわけ」などと転嫁しても、まるで嫌な感じにはならない。
松曳きの楽しい世界をもう一段階ねじろうと試みる際、世界ではなく語り手のほうに手を加えるのである。
ズレとズレが相殺し合わないで、ズレが拡大するのだが、なんとなく普通にも聞けてしまうというミラクル構造。
切腹申し渡すと何度もギャグで発する殿であるが、三太夫の失策を咎める際には「冗談ではないぞ」と念を押す。
その後、下がる三太夫を見ながら、「余の姉上は無事であった」と安心する殿さま。
姉のことを思い起こそうとして、姉の記憶がないことに気づく。
これ、もっと普通に演じられる松曳きでも使えるテクではないか。
次は小痴楽師かと思ったら、圓太郎囃子が流れている。
橘家圓太郎師登場。
小ふねさんをいじる。
小ふねさんが出るときは、今日のお客さんどうかなと袖から覗きます。小ふねがウケてるときは、大体ウケません。
面白い男です。
ああ見えて、楽屋でからかわれて本気で怒ることがあるんですよ。楽屋で小痴楽が男どうしの下ネタを言ったんですね。
「そういうのはよくないと思います」
小痴楽は、「お前、ムいてこいよ」とか言ったんですね。
圓太郎師、小痴楽師が大好きなようで、本編中にも小痴楽の入れ事をするのだった。
私は今日、髪をうんと短くしてきました。
白髪が増えてくると、短くしたほうがいいと思って。
そしたら間違いでした。この話、一之輔から聞いたんですよ。ハゲは短くすると目立ちませんが、白髪は目立ちます。
男は髪の毛短くしても極端には変わりませんが、女の人は長いのを3cmぐらいにしたりすると全然変わりますね。
ルッキズムの話に進んだが、どこへ行ったっけ。
こんな話をするつもりじゃなかったんですよ。
今朝たまたまテレビをつけて、長崎の原爆慰霊祭のもようを見ました。80年目だそうで。
福山雅治のクスノキという曲を聴きました。
福山雅治という人、いい男なので嫌いなんですが。でも素晴らしい曲を作るなと。
俳優なのか歌手なのかわからない人ですが。
私楽屋では福山雅治に似てると言われてます。歌も似てます。
と言って「家族になろうよ」を歌い出す圓太郎師。
わけわからん。
髪の毛の話から進むのは、三年目であろう。夏にふさわしい幽霊もの。
元々同じ一門の三遊亭好楽師から数回聴いている。
圓太郎師の三年目の情報は世間にほとんどない。若い頃覚えて、しまいこんでいたパターンだろうか。
ずいぶんテンポがゆっくりだった。思い出しながら喋っている気配も。
とはいえ、三年目の主役の旦那は、病に倒れた嫁さんにずいぶん気を遣って喋っているのであり、口調はマッチしていい感じ。
実際のところは、シブラクの30分という長い持ち時間に演者がどう合わせるか考えてたんじゃないかと想像する。
三年目は聴いたサンプルが、あとは文治師ぐらいで少ないが、圓太郎師のこんな工夫はオリジナルだと思う。
- 先妻は、子供ができないのを義実家に責められて気を病んだという裏設定(旦那が済まながっている)
- 先妻は、本音はともかく新しいおかみさんをもらって後継をこしらえてくださいと言い残している
- この患者はもう先がない、という医者のセリフを旦那が言いわけしている(後述)
- 先妻のおっぱいの横ちょにあるホクロが可愛いなど、ちょいエロ
- いつまで経っても手をつけられない後妻の嘆きを描写
本来的にしんみりした噺だが、圓太郎師はそれを強調しない。
別に滑稽噺に作り変えてるわけではない。自然に進む。
病状に対する旦那の言いわけは、主治医と寄席の話をしてたんだそうだ。
柳亭小痴楽という売り出し中の若手がいて、現在人気がある。小金をためこんでいるが、そろそろ実力がバレているので先がない。
ウケが欲しいとすぐ小痴楽を出すのは悪い癖ですと圓太郎師。
旦那に、ホクロのことを言わせるちょっとエロなシーン。
旦那にも、へその上下にほくろがあるんだって。
昔はこういう話をすると、女性のお客さんは下を向いていました。
今は、身を乗り出して聴いています、と圓太郎師。
いつ化けて出るかと先妻の幽霊を待つ旦那、新しいカミさんに手を出さない。
悪いなとは思っているのだが、仕方ない。
だが泣き崩れる新妻に、こちらへおいでと声を掛ける。
お預けを喰らわされたラブラドールレトリバーのごとくだって。
女性が泣くと効果があります。ただし美人のみ。
先に書いた通り、語りがゆっくりしている。考えながらの気配もある。
だが、空白がちゃんと埋まっているからすごいなと。
不思議なことに、実に爽快感あふれる一席であった。
笑いも人情も渾然一体となり、気持ち良さだけが漂っている。