神田連雀亭ワンコイン寄席68(上・春雨や晴太「野ざらし」結婚ネタも)

続きものをちょいと中断して、別の続きものを始めます。

12日はもともと、池袋演芸場で昼夜居続けのつもりだった。
昼が若手特集の日替わり番組で、トリが柳家花いち師。そして居続けすると、夜が喬太郎師。
しかし東京かわら版読み込んでいればわかったことではあるが、この日は「深川落語倶楽部」出演で喬太郎師は不在であった(代バネ白鳥)。
ならば、芸協・浅草の円楽襲名披露に行くか。
しかし整理券が出ていて面倒。
他の会も含めていろいろ考えたが、この週末行きたいところがたくさんあることに気づく。
なら、神田連雀亭で済ませちゃおう。
連雀亭の夜席は吉原馬雀さんの会だったりして、それも考えたが。

ワンコインに結婚したばかりの春雨や晴太さんが出ている。何か面白いことあるかもと思って。
これが、あったのでした。

野ざらし 晴太
猫と金魚 寸志
後生鰻 鯉白
晴太結婚記念大喜利 晴太・寸志・鯉白

 

3人とも15分程度でスピーディに高座を務め、最後に15分残して大喜利、というかトークコーナーを設けてくれました。

なんだか20人ぐらい来ている。
何か期待して集まっているのだろうか?
真打昇進の決まっている立川寸志さんが前説。
携帯電話の電源はお切りください。飛行機モードとか色々ありますけど…まあ、なんでもいいです。

トップバッターは話題の晴太さん。
おめでとうなど声が飛ぶ。

今日は変な空気ですが。
最初にお話ししておきますと、このたび入籍しました(拍手)。
何か語らないといけないのでしょう。でもまず落語させてください。
それから、先輩2人からのお土産があります。そちらをお楽しみに。

何か企画があるらしい。
とりあえずメガネを外し、一席務める。
先生、わしゃ女は好かんとか言って昨日のはなんですね。
怒りの八っつぁんを、長屋に住む先生がなだめている。
野ざらし。
季節的には初秋でいい頃だろうか。

16、8ではしちがない。
しちは(間)先月流した。

あれ、こんな変な間を取る人か?
こういうの、私は基本好きじゃない。
と一瞬思ったのも束の間。
テンション高いまま乗り切った見事な一席だった。
客がついてこないとたちまちダメになるこの噺を、高いテンションのまま乗り切る。
そして、踊りをやってるのだと思うが、所作が綺麗。

なげしの槍とつかつかつか、両方ツッコむあたりはもっちゃり気味かなとも思ったが、先生の大事な竿を無理やり借りていくシーンなどはない。
そういえば、八っつぁんも壁に穴開けてない。
ちゃんと編集しているのだ。

トークで話していたところによると、最近鯉白アニさんに新作を教わったので、鯉白アニさんが内面に宿ったんだそうだ。
一人キチ◯イの作法はアニさんなんだって。

釣り場に行ってからはもう圧巻。
最初から全力。鼻に釣り針引っ掛けるまでずっと全力。
テメエの鼻を釣り上げる際は、手で鼻を押さえている。
時間は16分ぐらいだった。

続いてアラ還二ツ目、寸志さん。この人は、夜席の馬雀さんの会にも顔付けされている。
待ってましたと声が掛かる。
いやあ、朝からすごいテンションでしたねと先の高座に触れる。
趣味も色々ありますが、動物を可愛がる人もいますと、猫と金魚に進む。

これはちょっと微妙な一席。
一席終えてからの拍手がわかりやすく尻すぼみであった。
といって、出来が悪いということじゃないのだが。ただ、客が疲れたのだろう。
先のハイテンションぶりを取り上げつつ、ご本人もハイテンション高座。まずそれが疲れるというのがある。

猫と金魚の番頭さん「私食べませんよ」というのは偉大なクスグリ。だいたい入っている。
寸志さん、これを膨らます。
ネジの外れた番頭さんが、「猫が金魚を食べる」「あたしが逆襲に猫を食べる」「隣の番頭が金魚を食べる」と、全編を通して繰り返し、食うことに取り憑かれているのだった。
しかし膨らませた副作用はわかりやすくやってくる。
旦那に金魚鉢を湯殿にあげてくれと言われた番頭、すぐに仕事して「金魚はどうしましょう」。
これは、私食べませんよ以上に、ストーリーの肝でもある偉大なクスグリ。
だが噺の根幹をなすクスグリが、序盤からの番頭の暴走のおかげでウケない。あらら。

この先も、無茶なクスグリが多数。
屋根に上がってきた生き物がいます。隣の番頭ですとか。
ひとつひとつは面白いのに、なにせ調和というものがないので、客の反応がバラバラ。
熊さんは登場しない。これは画期的だけど。

ただ、寸志さんが才人であることは知っている。
この不調和の一席だが、猛烈な早いペースに慣れてくると、それ自体がなんだか癖になってくる。
時間を残すために15分弱で終えるが、ペース自体は癖になってきて、もっと聴きたい気も確かにしたのだった。
だからなんとも、もったいない一席。
落語っていうのは本当に難しい。
新たなウケどころを発見し、強化するのは立派な発明。
だが、その発明が古典落語(ねこきんも含む)の既存のボディを損なうのである。
だから気の利いた人は、必ずバランスを意識し、同時に刈り込みも行うのだ。
この点どうも立川流は、バランスに無頓着な人が多い気がしてならない。

ただ、大喜利の司会(というか、回し)は上手かった。
もうひとりはなにせ鯉白さんだから、寸志さんがいないと成り立たなかったろう。

続きます。

 
 

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