笑福亭松喬@ポレポレ浮世亭2 その2(佐々木裁き)

弟子の話、話しとうて仕方ないですわと松喬師。
冒頭では、大阪の高座よりこちらのほうがリラックスしますと。
楽しいマクラから、ネタ出しの佐々木裁きへ。
ネタ出し2席だから、最初にネタ出ししてない噺を出すのかと思ったら違うのだな。
ちなみに1席めは釈台なし。黒紋付(「いえ、羽織は着てませんな」と松喬師)袴姿である。
三喬襲名の話から続けるとなると、お奉行さまの噺になるらしい。

嘉永年間と言いますから、もうあと10数年で明治になる頃ですな。

ふと気になってしまったのだけど、当時12歳の四郎吉くん、出世する頃にはもう幕府が消滅してるよなと。
まあ、新政府で官吏になったのだということにしましょう。

当時の大坂はもう、賄賂まみれでして。
お奉行さまも、右のふところが重くなったらそちらに、反対側のふところが重くなったら今度はそちらを勝訴させるようなものですな。
こういうお奉行さまを、天秤奉行なんて言いました。聞いたことないでしょ? 私が作ったんで。
でもこの言葉楽屋で評判がよくて、「もっと賄賂が欲しい振袖奉行はどや」なんて人もいます。

天秤奉行ともうひとつ、なに奉行と言ってたか。これも師の造語だそうで。

そんな折に、清廉潔白の佐々木信濃守という人が江戸からやってまいりました。

佐々木裁き、東京では佐々木政談であるが、そんなにすごい噺だとも思ってなかったけど。
でも本当に楽しい一席で。
終始力が抜けてるところが好き。
子供が遊んでるだけで奉行所に呼び出されるのである。緊張感MAXで演じそうな。でも松喬師は本当に緩い。
私は、メリハリつけようと頑張りすぎて、ムダな感情を強化する落語が嫌いなのだ。

近所の悪ガキどものお奉行ごっこが、現実のお裁きとオーバーラップする。
悪ガキしろちゃんが、同時に西町奉行佐々木信濃守にも見えるのだ。もちろん、わざとこうしてるのでしょう。
芝居噺、たとえば蔵丁稚でもって、丁稚の定吉の芝居が現実の役者にも見えるような。

数字の5が、10についてるはずの「つ」を盗んだという見事なお裁きが、現実のものにも映る。

その日のうちに、町役員総出で出頭を命じられる。
他のお裁きの後であり、そして不思議なことに与力同心がすべて奉行所に残っている。

町役員はそれでも、呼び出しに慣れている。
いつものように広間に向かおうとして、お白洲に呼ばれる。
これを松喬師、「家庭裁判所、簡易裁判所に向かおうと思ったら、大阪高裁大法廷に呼び出されたようなもんですな」。

しろちゃんはわりと平気。
お奉行さまに頼んで、上にあげてもらう。桶屋の親父だけおろおろしている。

空の星の数を問われたしろちゃん、お奉行に「お白州の砂利の数」を問うて反撃。
このあと、「空に昇って数えてまいれ」というくだり、ないんだなと思った。

たもとから起き上がりこぼしのおもちゃを取り出し、これと不正を働く与力に見立て、やりたい放題。
見守る与力は赤くなったり青くなったり。

子供がいささか大人をへこませすぎな噺だが、松喬師の描き方は実にバランスがいい。
ごく軽くおちょくってる感がたまらない。

桶屋のせがれですという、聴いたことのないサゲがついていた。

この会は早速仲入り休憩に入る。

2席めの松喬師は、今度は黒紋付の羽織を着ている。袴はない。
またしても釈台はなし。

2席めは、小佐田貞雄先生に作っていただいた「月に群雲」です。
私、泥棒噺をよくやってます。
月に群雲も評判よろしくて。弟子がやりたい言いますねん。
でも、わしが死んだらやってエエと言ってあります。死んでから、弟子に限定して解禁すると。
松喬一門の門外不出の噺にしようと思いまして。ですから、小佐田先生にも、奥さんのくまざわあかねさんにも、この噺やりたいって言う人がいましても許可を出さんでくださいとお願いしてます。
古今亭志ん朝の「火焔太鼓」みたいな噺にしたいんですね。
まあ、志ん生志ん朝親子の火焔太鼓も、ある春風亭の師匠が(※先代柳朝)いろんなところに伝えてしまったそうですけどね。

松喬師匠、「さん喬」はお付き合いがあるから正しく発声するのだけど、同じアクセントの「志ん朝」は、他の上方落語家と同じく「週刊新潮」のアクセントになってしまう。
まあ私の知る限り「志ん朝」を正しく発声する上方在住の噺家は、米團治師だけだけど。

泥棒噺は、向いてるって言われますけども。きっかけはありまして。
加古川刑務所というところに、私15年連続で慰問に出向いてます。
普通は、刑務所行くにしても5年に一度ぐらいですよ。私だけ、毎年依頼があって毎年出向いてます。
2~3年ぐらいいたんちゃうかと。嘘ですよ。
刑務所の高座では必ず、みなさん社会復帰してくださいねって話をするんです。そのとき、私が一番、お客さんから親近感があるみたいで。
ここを出たら、ぜひ楽屋を訪ねて下さいって話もします。楽屋は手ぶらで訪ねづらいところですが、手ぶらで構わしまへんと。
ほかの師匠もいてますから、刑務所にいましたとはいいにくいでしょう。ですから、加古川リバーサイドホテルから来ましたと言ってください。
本当に来ました。最近繁昌亭では、楽屋にいる人間だけでもお客さんを見送りしましょうというのが復活してまして。
その際に、声が掛かりまして。「リバーサイドホテルから来ました!」。
私隠語のこと忘れてまして、井上陽水でも来たのかなと思いました。

続きます。

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