国立演芸場寄席@すみだトリフォニーホール2 その3(笑福亭希光「紀州」)

トリフォニーホールの小ホールは地下にあるが、通信遮断がばっちり。
ただ、ホワイエでもやっぱり通信が遮断され気味。階段上がってる人も数名見た。
まあ、いいことなんだと思う。

幕が開くと、すでに見台がしつらえられている。
クイツキは笑福亭希光さん。
ひらい圓蔵亭とか神田連雀亭とか、ワキだと結構強烈な漫談を披露する人。
ただ、寄席だとわりと堅実な気はする。当たり前か。
とはいえ、羽光師がやってないので、新作出すかなとは思ったが。

笑福亭希光と申します。次から次へ光の名前の入った人が出てきてすみません。
終わった頃には誰が誰やらわからなくなってるかもしれません。
新幹線が入った名前なんです。おわかりですね。のぞみとひかりです。
お客さまにこだまするよう頑張ります。

師匠・鶴光は、つるこうと自分でも言ってますが、ほんまは「つるこ」なんですね。
関西の縮める文化なんです。鶴瓶師匠は「つるべ」で、つるべえじゃないですからね。
師匠が言うんです。わしはほんまはつるこやさかい。
ぼく聞いたんです。師匠、それやったらぼくは「きこ」ですか?
そうや。
そうなんです。ぼく、きこ様なんです。
弟子ができたら、一字取って真子にしようと思います。
まあ、こんなこと言ってるうちに「かこ」の人にならないように気を付けます。

こんなマクラから紀州に入っていった。
以前も聴いたような気がしたが、希光さんからは聴いてない。師匠から聴いたのだ。
師匠から来ている噺で間違いない。
クイツキを二ツ目が任されてるのに、紀州かと思ったが、内容は楽しいものだった。

徳川十五代将軍を全員言い切って拍手をもらう。

「こんなの言えるのは私だけです」

こういう露骨なウソ好き。

七代将軍家継が8歳で他界した。
七代目といえば、とさっそく脱線。

大師匠にあたる、笑福亭松鶴の名前は今空いてます。誰も継ぎません。
七代目になりかけた人がいらしたんですが亡くなりまして。結局、六代目からしばらく開いてます。
権利をお持ちだったのが仁鶴師匠で。ご本人は継がずに亡くなりました。
そうなると、うちの師匠は二番弟子です。仁鶴師匠の持っていらした権利があるんじゃないですか。
師匠は継がないと思いますので、弟子が継げないことはありません。
一門の一番弟子は学光という大阪にいてる人ですが、この人は継ぎません。
東京の筆頭は里光という人ですが、(なんだったかな)継げません。
次の和光さんは、関西出身やないので継げません。
その次の羽光さんは、今日は国立演芸場に気を遣って古典やってましたけど、本当は下ネタ丸出しの落語の人です。この人は品性に問題があるので継げません。
その次がぼくですよ。

要は、鶴光師がよくやる噺を、弟子が角度を変えて引き継いでいるのである。

あとはまあ、御三家とは舟木一夫であり、大久保のお殿さまは小田原公だけに役割が板についているなど定番。
しかし、地噺のフォームをしっかり確立しているから面白い。
師匠ももちろんだが、芸術協会の地噺は、文治師を参考にするところが多いのではないか、そんな気がしてならない。

ヒザ前は笑福亭和光師。
和光師は、恐らく上野広小路亭以外ではトリを取っていないはず。だから、国立のヒザ前は出世だと思う。
希光さんの、「和光師は松鶴を継げない」を受けて、「神奈川生まれの栃木出身、東京在住の上方落語家です」と自己紹介。

国立のヒザ前は20分あるので、一般の寄席とは役割が違う。
大きめのネタやっても許されるポジションだと思う。
だが、大安売り。軽いな。

相撲取りの名前は、「たまふたつ」。
町内の衆が、男らしい名前やないかと評価している。
上方落語だから当然だが、大坂の相撲取りである。江戸の本場所に初めて出たという設定。
本場所に出て十戦十敗の弱い相撲取り。連敗のうち「不戦敗」ってよく入っているが、これはなかった。
その代わり、名古屋に寄ってずっと部屋で寝ていた。
京都に寄って、子供相手に五戦四勝。負けたんかい。
時間が長めなので、草相撲が入るわけだ。
江戸の相撲取りが大坂に出向いた場合、名古屋と静岡に寄って帰ってくるのと同じ。

大安売りに改名したというが、力士の口から理由が語られないという珍しいかたち。
町内の衆が、意味を解釈してやる。

ヒザは鏡味味千代先生。
五階茶碗で寝せていただきました。
後半起きてよかった。実に珍しい、鍬の芸。
鍬の上にガラスのコップを乗せて振り回す。最後は客のほうに鍬を振って、見事廻し切る。

トリの鶴光師「ラーメン屋」に続きます。

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