「先生、こんちは」
「おお、よく来たな記者。上がれ記者」
「あら、アタシが来るといつも愚者、愚者っていうのにね。今日は記者」
「お前記者だったろう」
「そらどうも。アタシも肩書で呼んでもらえるとちったあ格が上がりますね」
「どこの記者だっけ。優馬だっけ、勝馬だっけ」
「独立系です」
「あ、予想屋だったっけか。ところで今日はどうした。わしにジャパンカップの予想を訊きたいわけじゃなかろう」
「仕事とは関係ねえんですけどね。エリカ様容疑者がパクられましたね」
「容疑者に様を付けることはないな。わしに合成麻薬MUFGのことでも訊きたいのか」
「なんだか一瞬、銀行の名前が聴こえた気がしましたが」
「空耳だ。薬物のことでも芸能界のことでも、なんでも訊くがいい」
「さすが世の中のことで知らねえことのない先生だけあって、そっちの方面もだいぶ詳しいんで?」
「ギク。さてはお前、マトリだな。おとり捜査に来たか」
「違いますよ。マトリじゃねえです。アタシは本名、香取ってんですがね、先生に訊きてえのは別のことで」
「しばらく泳がせようってか。まあ、よく考えたら違法なものはなにもやっとらんから心配はないがな」
「合法的に売ってるやつですか? さては咳止め中毒だね。やばいですよ、あれ」
「いや、夜中にマヨネーズ舐めるのだけやめられなくてな」
「好きにやんなせえ。訊きてえのはですね、薬物でも芸能界でもねえんすがね。あの逮捕はやっぱり、安倍政権の陰謀なんですかい?」
「ほう。陰謀とな。安倍政権が陰謀で、沢尻をパクったと。誰だそんなことを言ってるのは」
「ラサール石井に松尾貴史、それから私の尊敬する立川流真打、上野広小路亭と日暮里という超一流の寄席で活躍する立川談四楼師匠です」
「バカ左翼どもではないか」
「あれ、そんなこと言っていいんですか。さては先生は、文豪・百田尚樹大先生のファン?」
「そういうわけではないがな。結局、なんでもかんでも安倍のせいにしたい連中だろう」
「まあ、それはそうですね。でも、やっぱり陰謀なんじゃねえですか。芸能人薬物逮捕リストがあって、政府にやばいことがあると上から順々に逮捕するってえの」
「お前、脳ミソにウジ湧いてないか」
「湧いてませんよ。さては先生はホリエモン派?」
「動物虐待してたやつと一緒にするな」
「でも普通思いません? 桜を見る会の問題で、世間から目をそらすために人身御供が必要だったんじゃないかって」
「しかしまあ、なんともタイミングが悪いな。4日ほど前だったらお前の質問もタイムリーだったんだが、なにしろその後政治界最強お笑いキャラが参戦したからな」
「そうなんす。あっしもやられたなと思いましたよ。左翼文化人が大真面目に陰謀論を語り出したところで、これについてネタになると思ったんですが、落語会のレビューしてて出すのが遅れるうちに鳩山さんが出てきちまいやして。結局、全部お笑いになっちまいましたね」
「初めに陰謀論を言い出した連中、今どう思ってるんだろうな。彼らに深く同情するぞわしは。さて、嘆いても仕方ないから元に戻して。訊くぞ愚者」
「あ、やっぱり愚者になった。なんです?」
「世間は、政府から目をそらしておるのか」
「やっぱり芸能人の話題のほうが盛り上がりますからね。そらしてるんじゃねえすか」
「ならば、寄席を考えてみようか。ロケット団が桜を見る会をネタにするとするな。客はそれ聴いて、ポカンとするか」
「そんなことはねえでしょうね。ロケット団ならいつでもウケるでしょうね」
「なら、世間は目をそらしてなどいないではないか」
「・・・うーん、でもですね、芸人でいうとナイツなんかも、政治よりエリカ様のネタのほうを優先してやることになるでしょ、やっぱり」
「スタイル的にそうだろう、時事ネタだからな。もっとも彼らは陰謀論ネタをさっそくやってくれそうだが。ではな、噺家だ。噺家がネタの最中に、桜を見る会のネタをブッ込んでもウケないか?」
「・・・ウケるでしょうね」
「なら、世間は別に忘れてなどいないではないか」
「うーん。なんてんですかね。政府が不祥事から目をそらそうとして、なにかできないかって権力を使って仕掛けるなんて、いかにもありそうな気がしねえですか。うまくいったかどうかは別にして」
「あのな、確かに警察というものはだな、軍隊と同様に国家の暴力装置なわけだ。だから、政権の権力維持のために働くなんてことは、ある種宿命ではある。古今東西、どの政権も、世論を操作しようと考えてきたし、そのことはさして不思議ではない。だからな、『政権がなにか陰謀を企むことがある』と邪推するところまでは、実のところそんなに間違っていない」
「ならやっぱりやりやがった」
「早まるな。政権は本質的にそういうものだし、警察もそういう政府のために働くのが仕事だと言ったまでだ。それを踏まえて、今回の陰謀論が成り立つとしたら、どこに根拠があるか、言ってみな」
「えーとですね。世間を騒がせる薬物事件があったとき、その直前には必ず政府の不祥事がある。これは偶然の一致で片付くんですかね?」
「偶然の一致を論破する前にだな。そもそも一致があったのかどうか、もっとよく見てみようか。政府の不祥事と、世間が騒いだ薬物事件とを組み合わせて並べてみろ」
「この前のピエール瀧のときもですね、沖縄の県民投票があったんですよ。政府に不都合な」
「じゃ、サンプルは2件だけか」
「えーとね。ASKAも清原ものりピーも、全部政府が国民から目を隠したいときの事件だったんですよ」
「当時何があったか、もう覚えてすらいないじゃないか。お前が覚えてないのも、政府の陰謀の結果だっていうんじゃないだろうな。ところで清水健太郎やマーシーは?」
「あれはもう、日常茶飯事です。メシ、寝る、パクられるですから。季節の変わり目の風物詩みたいなもんで。『田代まさし容疑者の逮捕に、道行く人々は思わず足を止め、過ぎゆく季節を惜しんでいました』てなもんで」
「頼りないなお前。『偶然の一致で片付けられない』なんていう前にな、事件と政治情勢と、そもそも一致してるように見えないがな。でもまあ、背理法だ。お前に合わせてそうなんだとしてみようか。政府が国民の目をそらしたいことがあるときに、薬物逮捕があると。薬物芸能人なんてたくさんいるから、なにかあったときのために保険に取っておけばいいやと」
「あたしもね、そこまでまるっきり信じてるわけじゃねえんすよ。そもそも警察とかマトリってのは、そんなにうまいことタイミングを見て逮捕できるんですかね」
「たぶん無理だろうけどな。たとえばお前は、今すぐここでクソ出せと言われたら、出せるか」
「ションベンにまかりませんか」
「気張って欲しいからまからない。でもまあ、一般人にわからない世界の話だから、とりあえずリストによる逮捕ができるとしてみよう。政権維持のための逮捕だとすると、前提として政府の不祥事にも、パクる芸能人にも、それぞれあらかじめのランク付けが必要だな」
「どういうことです」
「政府の不祥事レベルがBなら、Bランクの芸能人を逮捕させるのが一番効率的だと思わないか。ピエール瀧ぐらいの。特Aクラスなら、エリカみたいな特A芸能人をパクればいい」
「あ、なるほど」
「エリカについては異論もありそうだが、インパクト的に特Aにしておこう。では、それに見合うだけの不祥事があったのか?」
「うーん。モリカケ問題と比べても、これ一発で政権がすぐぶっ潰れるほどのもんじゃなさそうですもんね。でも先生、ランクは別に見合わなくてもよくねえすか。Bランク以上の重大事件があったから、Bランク「以上」の芸能人をパクったんだと考えたらどうです?」
「残り4キロだな」
「一理(一里)ある、ですか。先生、それ圓歌師匠のギャグじゃねえすか」
「わしもパクッてみた」
「うまいね」
「冗談はさておき、そうなら今回は、ムダ打ちかもしれないぞ。オーバースペックで、あんまりうまい結果じゃないってことだな」
「このあと、超特Aランクの芸能人がまだ、保険に取ってあるんじゃねえっすか。だから余裕があるんだと」
「そう来たか。確かに薬物逮捕は続きそうだしな。しかしまあ、お前も帳尻合わせにずいぶんと苦しんだな」
「いや、沢尻合わせ」
「お前もうまいね。話を戻すとな、政治の世界で、不祥事や、国民から目をそらしたい事例なんて日常にたくさんあるわけだろうが。それから、芸能人の薬物逮捕もたびたびあるわけだ。これが本当に、全部一対一で、しかもランクに見合って個別に対応してるんなら、陰謀論の出番もあるだろうって話だよ」
「ははあ、なるほどね。先生の理屈がわかってきました。同じ陰謀論を否定するにしても『政府がそんなみみっちいことやるはずない』という理屈じゃなくて、『やった気配すらどこにもないじゃないか。騒いでる連中が、結果から原因を作り上げてるだけだろ』ってことですね」
「わかってるじゃないか記者」
「あ、記者に戻ったね」
「どっちの理屈が賢く見えると思う。どちらに説得力があるかどうかって話だが」
「もちろん後者のほうですね。『政府がそんなのやらないだろう』じゃ陰謀論とレベルが大差ないですもんね」
「ラサール石井もな、先日志らくを論破してる理屈は見事だったのに、結局は大した頭の持ち主じゃなかったってことだな」
「先生の結論は、政治に対する立ち位置とは関係ねえんですね」
「そうだ。他にもすごい理屈の奴もいるぞ。安倍政権がそんなことしてないっていう証拠を出せという輩とかな。悪魔の証明も知らんのだ」
「『ない』ことを証明するのが悪魔の証明ですね」
「それにしてもな、その程度の理屈で陰謀論をこね回すことで、警察やマトリなど、真面目に働いているたちを侮辱していることについてはなにも思わないのだな、あの連中」
「ラサール石井が両さんを馬鹿にしてると」
「自衛隊が来れば女子高生が犯されると言ってた島の市議と同じだ。もっと額に汗して働いてから言って欲しいもんだね」
「先生は額に汗して働いてますもんね。本業はなんでしたっけ」
「ブロガーだ!」
「儲かりますか」
「儲かるわけねえだろう!」
「じゃ、アベガーに転向なさい」
「誰がなるか! ガーしか合ってねえよ!」