噺家と素数蝉

「師匠、おはようございます。蝉丸が参りました」

「おお、蝉丸。でかしたな」

「ええ、不肖眠々亭蝉丸、文化庁芸術祭大賞受賞と相成りました。これも師匠のご指導のおかげと心得ます」

「また大仰だな。とにかく大賞獲ったんだから大したもんだ。いつも偉そうにしてる志らくだって優秀賞止まりだ。お前も長いことくすぶってたもんだが、ようやく実が生ったな」

「ええ、くすぶり中は師匠には本当にご心配をお掛けしました」

「NHK獲ったのはいつだったっけ」

「NHKの新人大賞は、もうずいぶん昔ですね。えーと・・・17年前になります」

「17年・・・また長いことくすぶったね。あのおかげで抜擢も決まったってのに」

「確かにそうですね。あれで抜擢真打で、蝉丸の名前ももらいました。でもその後が鳴かず飛ばずで」

「別に男の三道楽にハマったわけでもなかったのにな」

「そうでした。くすぶりの後半はさすがにやさぐれてましたけど、前半は本当にわけがわからなかったものです。本当にウケなくて、やればやるほど悪循環でした。寄席にも出してもらえなくなりましたしね」

「まあ、ムダに過ごしたわけじゃないんだからよかったよ。それにしても17年とはな・・・17か。まるで素数蝉だね」

「素数蝉? なんでしたっけ。あ。あれだ、13年とか17年、素数の年数が経つごとに大発生するっていう」

「そうだ。日本にはいなくて北アメリカだけだがな。セミの天敵の寄生虫の周期と、素数はカブリにくいから、生存競争に有利で今に残ったってのさ」

「さすが師匠は、蝉太楼一門の総帥だけのことはありますね。蝉については専門家はだしだ」

「褒めてもなにも出ないがな。とにかくお前も蝉丸だけに、17年の時を経て大ブレイクと相成った」

「よしてくださいよ師匠。私また、この先17年売れないことになるじゃないですか」

「別に、またくすぶったりしなくていいさ。17年後のブレイクを楽しみにしてればいいじゃねえか」

「まあそうですね。ぼく17年後は62ですよ。脂の乗りきった頃かもしれません。その次は79ですが」

「こうしてみると、NHKの17年前も気になってきたな。お前、噺家ンなる前は子役だったよな」

「そうです。・・・あ、子役で売れたのが、そういえば10歳のときだ! 『馬場と呼ばないで』に出てたんですよ」

「ははあ、NHKの17年前にブレイクがあったと」

「えー、ぼくの人生そのものが素数蝉だったんですか。気が付いてれば蝉丸は襲名しなかったのにな」

「いいじゃないか。これから素数ネタをマクラでたっぷり語ればいい」

「まいったな。あ、師匠」

「どうしたい、声裏返して」

「蝉治のことですよ。蝉治も花形演芸大賞金賞獲ったでしょ」

「うん。今年はおかげで弟子たちが大ブレイクだ」

「あいつも、ぼくほどじゃないけど10年ぐらいくすぶってたじゃないですか」

「そうだな。あいつも二ツ目昇進直後にさがみはら若手落語家選手権獲ったんだった。それ以来だね」

「それで金賞が二ツ目最後の年と。えーと・・・11年振りじゃないですか」

「あ、あいつも素数か。あいつはいくつだっけ」

「43ですね」

「あいつの22年前は、21か。入門前だけど、そういえばなんか賞獲ってなかったか」

「そうですよ。漫才のほうでデビュー早々ブレイクしたんですからねあいつ。相方が薬やっちゃったんで師匠のところに来たんでした。ああ、あいつも素数の呪いか。弟子が揃って素数蝉だったなんて」

「まあでも、11年後にまた売れんだろ。本物の蝉なら13年か17年だ。11年周期なら、芸人としたら全然悪くねえだろ」

「あ」

「またどうした、蝉丸」

「師匠ですよ師匠。ぼくらの師匠なんですから、師匠だって素数になってるかもしれませんよ」

「俺かい。うーん、俺が売れたっていうと、ずいぶん昔だな。ラジオとテレビでレギュラー持ってた頃だ」

「それから、落語に専念しますって名目で出るのやめたんでしたね」

「名目とか言うなよ。プロデューサーの愛人に手出したのがバレたなんて、世間は知らないんだから」

「とにかく、ぼくも師匠の雄姿を覚えてるんですよ。確か小学校上がる前でした。ぼくが5歳だったから39年前だ。

「39年前だと、あたしは31のときだ。今古稀だから」

「てことは、素数蝉たちの親蝉である師匠も、もう1回素数周期でブレイクするんじゃないですか」

「ふんふん・・・蝉丸、41ってのは素数か」

「素数ですね。もしかしたら2年後に師匠、人間国宝になってたりして」

「うーん、2年後は無理だな。次の素数というと・・・43か」

「それでも4年後ですよ。いやあ、師匠が人間国宝になったらすごいな」

「慌てるな。素数はまだまだある。47もそうだ。その次は、51は3で割れるから違うな・・・53って可能性もある」

「53だとすると、84ですね。まだまだチャンスです」

「生きてるかな」

師匠と弟子が、楽しい会話を続けます。

弟子のヨイショでいい気分になった蝉太楼師匠ですが、その後結局、紫綬褒章も人間国宝ももらえませんでした。でも、ちゃんとブレイクしたのです。

再ブレイクは、前回のブレイクから実に71年後でした。71も素数です。

102歳のおもしろジジイとして、世間にかわいがられました。翌年惜しまれつつ大往生したということです。

作成者: でっち定吉

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