神田連雀亭ワンコイン寄席62(下・入船亭遊京「締め込み」うんでばは?)

トリは入船亭遊京さん。
昨年、阿佐ヶ谷アートスペース・プロットに二度出掛けて、二度とも会はお休みだった。
事前に調べてない情弱の私が悪いのだけど。
秋に真打昇進し、扇白になる。
馬雀、馬久と同時なので大変だが、披露目には行きたいものだ。
軽妙さを加えた本格古典落語派。

希光さんが結局長くやっちゃったので、残り時間は15分程度。
別に終演時刻なんて守らなくて全然いい。10分オーバーしたら客はラッキー、てなもんだ。
だが勝手な想像だが、遊京さんテーマを見つけたのではないか。
「俺はこの時間、15分でやりきる!」という。

希光さんによればだが、遊京さんはトリで何出すか明確にしなかったようだ。
でも希光さんが見抜いたように、実はすでに決めていた。前の人が泥棒ネタやらなければだが、締め込みがやりたい。
大きめのネタだから20分欲しい。でも残り15分。オレもプロだ、これでやる!
ということではないのかな。
ともかく、締め込みの最高傑作が聴けた気がしている。
別に短くしたからではなくて、もともと完成度の高い一席なのだ、きっと。

遊京さんの眉毛(`´)、楽天イーグルスの村林選手に似てることを発見。
あまり賛同は得られないと思うけど。
真打昇進の話は特に出ない。

「そこです」が入ってたからかろうじてさん喬師からなのかと思うが、原型はどこにも見当たらない締め込み。
創作力の著しい、しかしながらすべての創作がさり気ない古典落語。

泥棒、湯が沸いてるのを伏線としてさりげなく描写し、そして亭主が帰ってきたので慌てて床下へ。
ああ、裏口を確認しておくんだったと悔やんでるのが噺に立体感を与えている。
糠味噌は臭くない。臭いとおかみさんの評価が下がるからでしょう。
亭主とかみさんのやり取りはリアリティあるが普通。
この後だ。
鉄瓶が飛んで湯が落ちてきてからの泥棒さんが迫真。
飛び出して、そのまま仲裁入って。
そして、喧嘩のわけ知ってるのか?
知ってます。泥棒が入ったんです。
なんで知ってるんだ。
…それはいいじゃないですか。
だいたいどっから出てきたんだ。
…それはいいじゃないですか。

最終的には、出てきた場所を「そこです」と自白するのは笑った。
さりげない変え方が本当に楽しい。
それにしても、変なところに突っかからない噺だなと。するする耳に入ってくる。
落語の登場人物は物語の先を知らないと言うが、演者の都合としてはどうしても、泥棒に仲裁させるために夫婦喧嘩をエスカレートする形にはなる。
でも遊京さんの描く夫婦は、本当に肚にあることを吐き出しているのだ。
締め込みの最高傑作じゃないかと思ったのは、こういうところ。

さて、おやと思った部分が。
仲裁してくれた泥棒に感謝し、もてなす夫婦。
泥棒飲みながら、「おかみさんあれね、いいですね、うんでば」。

え、うんでば出たっけ?
俺と一緒になればよし、ならないならこの出刃だ。うんか出刃か、うん出刃か、のくだり。
出てないんじゃないですか?
ここは締め込みの肝フレーズである。出たら当然、客の私もなにかしら考えたはずなのだ。
だいたい、この前のおかめひょっとこのくだりも、はばかりさまも聴いてない。

背景は想像がつく。
希光さんに時間を奪われた遊京さん、どこか抜く決心をした。
なので鉄瓶を早めに投げさせて、泥棒を登場させた。アドリブだとして、実に見事な編集。
噺の肝と思われるシーンでも、場合によっては抜けるということを証明したのだ。
さて、うんではは出てこない噺になったのだから、泥棒もそこスルーしないといけない。
うっかりしたのだと思う。
戦いに挑んで勝利したのもつかの間、最後にしくじったのだ。けんげしゃ茶屋の繁八のごとく。

うんではを出してしまった以上、カットバックで描くことも考えられる。
その方法も一瞬考えたんじゃないかと。
しかしそうもいかない。泥棒はすべてのシーンにおいてそこにいたからだ。出てない会話はカットバックだって取り上げられない。
「え、うんでばってなに?」
「あ、出てませんでしたっけ?」
と、メタなやり取りでもすればギャグにはなった。
ただそこまで広げるほどでもないだろうけど。

失敗があったからといって、この一席の評価が下がるかというとそんなことはまったくない。
ここ連雀亭で、桂鷹治さんが一目上がりのルールを八っつぁんに喋らせないでアニイの家行ってしまったのを思い出した。
あれも見事な高座だった。
高座のデキのよしあしというのは、そんなとこにはないのだ。
まあ、CD化しようとして録音してたらボツになるけど。

満足の2席でした。
ホワイトボードに演題が出てなかった。

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